『火伏せ』のおまじない

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  しかしミーコは、やがて落ち着きを取り戻し… 『まだ眠いのよ』  助手席の上で丸くなり、「居眠り」を決め込んでいる。  そんなミーコの姿を見ていると、ボクも「踏ん切り」がついた。こうなったからには、「なるようにしかならない」のだ。「死の(フチ)」にいるわけでもないし…今さらあわてたって・騒いだって、仕様(しょう)がない。  それで「冷静さ」を取り戻したボクは、あたりを見回した。 …あわただしく動き回る消防士たち。実に頼もしい。 …あふれかえる野次馬の群れ。道路の向こうまで、鈴なりだ。 (この時になって、フト時計を見る。ちょうど朝の8時頃。日曜だけど、駅に近いこのあたりでは、きっと大混雑だろう)。 …そうそう、みんな大丈夫だったんだろうか? 特に、お豆腐屋さんのご夫婦は、けっこう年配だし…。  やがて黒煙は白い煙となり、ひとりの怪我人も出さず、火は鎮火へと向かう。  隣りの二軒は「全焼」だった。  でも我が家は…さすがに「無傷」というわけにはいかなかったが…ミーコの予想通り、焼けずに済んだ。 (幸い、家の北側だ。出入口も無ければ、大きな窓も少ない。大き目の窓ガラスに亀裂が入ったのと、放水で割れた小窓から水が少々入ったのと、サイディングした壁が焦げた程度で済んだ)。 『だから言ったでしょ』  ミーコはノンキに大アクビ。 「火事」でも焼けなければ、「区画整理」にも引っ掛からない。 (最近、この『魔の交差点』に差しかかる地下道は…さらなる「渋滞緩和」のためだろう…「拡張工事」が始まった。あの火事で大きな被害の出なかった東隣り二軒は、どちらも「区画整理」に掛かった。隣りは「建て替え」。二軒先の家は、いずれ「立ち退()き」になるだろう)。 「保証金を、もらい(そこ)ねた」  そんな「ケチくさい」ことを言う人もいるけど…これがボクの「使命」「(さだ)め」なのだろうか?   この土地は、つつましいが、祖父が一代で手に入れたもの。  ボクは、お爺ちゃんからすれば初の「内孫(うちまご)」で男の子。とても可愛がられていたし、アテにもされていた。  きっと少なくとも、両親や親戚の伯母さん連中…唯一の伯父さんは、戦時中に他界している…が健在なうちは、ボクがここを守っていかなくてはならないのだろう。  それにボクは、たとえそれが『呪われた交差点』の角であったとしても、ここが気に入っているのだ。  それにしても…あの前々日の晩の「謎の液体」は、いったい何だったのだろう? 「火遊びすると、オネショする」  本当に「オシッコ」だったのだろうか?  それに今回の場合は、「オシッコをかけると、火難を逃れる」だ。それならば、あのオシッコ… 『火()せのおまじない』  あれは、いったい誰が? 「どうなんだよ? ミーコ」  年を重ね、ヒゲが長くなったミーコは、すでに「悟り」の境地。  問いかけても、(まぶた)が重そうで、何も答えてくれない。でも…「ネコは家につく」と言う。 『きっと、ミーコが守ってくれたんだ』  ボクは、そう信じている。 image=458784113.jpg
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