2人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
少女を助けるために喧嘩した男を、その助けられた少女が怒鳴りつけるなんて、まさに前代未聞の事件だ。
人だかりは減ることなく、ますます増える一方である。
その場所に、今し方駆け付けた青年は、近くにいた男に尋ねた。
「あの、ここって赤べこっていうお店ですよね…?」
「何だい、あんたも喧嘩を見に来たのかい。めっぽう強い兄ちゃんに、やたら威勢のいい嬢ちゃんが応戦中だ。ただし、口喧嘩だけどな」
青年は、ふと、首を傾げた。
自分の聞いた話しだと、ひとりの男と複数の男の喧嘩だと思ったが。
もしかして間違っているのではと、店の看板を見てみれば、確かにここは目的の店である。
それでは自分の聞いたことが間違っていたのか?
真面目で慎重な青年は、確かめてみようと人混みを掻き分けて、円の中心へと進む。
そして、その中心に例の男と少女の姿を確認した。
(あれ、やっぱり僕の勘違いか。ただの痴話喧嘩じゃないか)
青年は、くるりと背を向けた。
「もーっ、怒った!何よ、悪趣味、ツンツン頭、おまけに目つきも悪い!」
ピタリと青年の足が止まる。
どこか聞き覚えのある声。
嫌な予感がした。
(まさか…)
腰に手をあてて、仁王立ちする袴姿の少女。
長い栗色の髪に、桃色のリボン。
「たとえ世間があなたを許しても、この片桐菖華が許さないんだから!」
青年の嫌な予感は、見事に的中した。
「菖華っ!」
名前を叫ぶや否や、青年は慌てて二人の間に割り入った。
名を呼ばれた少女、菖華は、突然現れた兄の姿に驚いて狼狽えた。
最初のコメントを投稿しよう!