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兄の手を振り払って、菖華は駆け出す。
そして、瞬間的に合った左之助の視線に戸惑い、叫んだ。
「あんたなんか、大っ嫌い!」
左之助は捕まえようと伸ばしかけた手を、ぎゅっと握り締めた。
捕まえることは簡単にできた。
なのに、出来なかった。
立ち去る菖華の瞳に、予想もしていなかった涙に、左之助は胸の奥が苦しくなるのを感じた。
調子が狂う。
さっきまで、あんなに勝ち気な態度を取っていた少女が、こんなにも簡単に涙を見せるなんて思ってもいなかった。
「…あの」
残された青年が左之助に声を掛ける。
「自分は片桐慎太郎といいます。妹の菖華が、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした。前までは嘘をつくことなど一度もなかったんですが、最近になってこんなことばかり。妹には十分言い聞かせますから、どうか許してやって下さい」
慎太郎と名乗る青年は、深々と頭を下げた。
そんな慎太郎の姿に、左之助は怒る気にもなれず、大きな溜め息をついた。
「別に気にしちゃいねーよ。それより、嬢ちゃんのほうが心配だ。早く行ってやんな」
「え…?」
「あんたの大事な妹なんだろ」
「はいっ」
慎太郎はもう一度ペコリと頭を下げて、その場を後にした。
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