Ⅱ、路傍の石

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瞬間、僕はその場に直立し凍りついてしまった。 (僕は……何をやっている!?) その時になってやっと正気に戻れたと思う。 (危ない危ない……災難に自分から首突っ込んでどうするンだ?) 踵を返し早々に立ち去ろうとしたが 心に引っ掛かるモノがある。 (顔…見られた……) このまま放置しておいたら おそらくこの老女は死ぬだろう。 だが、もし助かったら……? 老女の口からその場に中学生がいた事が伝えられるかもしれない。 そしてその時間帯、そこを通行していた中学生など 簡単に絞り込めるだろう。 怪我人を見捨てた薄情者として 周囲から白い目で見られる自分の姿が 思い浮かんでくるようだ。 被害妄想と云われてもおかしくないくらい 可能性は低い。 だがもしそうなったら 平穏な日常など永遠に望むべくもなくなる。 ならば不本意ながら 助けるか……? その場合、老女の生死に関わらずその事が僕を知る者達の記憶に高い確率で残るだろう。 この先の人生、何かの折りにつけ話題にされるかもしれない。 それは僕にとって精神的な拷問にも等しい。 どうしようもないジレンマに陥りそうになった精神を落ち着ける為に 大きく深呼吸をし 客観的に自分自身を見詰め直してみた。 (馬鹿馬鹿しい) 今まで脳内でシミュレートした事は 妄想と言っていいくらい可能性がない事だ。 このまま何事もなかったかのように 帰路に着くのがベストな選択だろう。 だが踏み出そうとする足を止めるモノがある。 (もし助かったら……?) 再び堂々巡りに陥りそうになった思考を無理矢理断ち切り 僕は大きく溜め息を吐いた。 ……駄目だ。 こんな精神状態では とても今夜は安眠できそうにない。 ならばどうする……? (どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする……)
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