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遠くで小さな光がきらりと光り、すぐにそれが私の待っていたバスだということがわかる。バスは音も無く近づいてくる。時折ライトが挑戦的に私を照らすが、その光は柔らかく、拡散してしまっている。光とともに、雪は全ての物音を吸収している。だから私は、バスがつく前に私の隣に彼がすでに立っていたことになかなか気付けなかった。
「ほれ」
彼は私に、缶コーヒーを手渡した。私は右手でそれを受け取り、恐る恐る左手に持ち返る。缶コーヒーからは、はっきりとわかるくらいに湯気が立ち上っている。バスはゆっくりと、私たちの横に停車する。ぷしゅうっという音と共に扉が開き、運転手さんが私を見下ろす。
彼は唐突に、私を抱きしめる。驚いて、そして、彼の抱きしめ方があまりにも強くて、私は動けなくなる。コート越しにも、彼の腕の形がはっきりわかる。
「そいつが冷めても、おれのこと忘れるんじゃないぞ、絶対に」
彼は耳元でつぶやく。その声はひどく小さくて、まるでしわがれているかのようだった。私は彼に身動きを封じられながら、かろうじて首を縦に振る。彼が着ているネイビーのピーコートは、私が着ているツイードのショートコートを温かく包んでいる。
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