ラブ・トレイン

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ラブ・トレイン

ありふれた日常の時間が刺激に満ちた一瞬に変化することがあるとしたら、それは視線が重なり合った時に違いない。   息が胸の奥からこみ上げる熱い疼きに締め付けられ、止まった時間が何度も何度も繰り返される。 その瞬間はただ深刻に目的地を急ぐ疲れた顔のサラリーマンも、無機質な携帯のボタンを押すことに余念のない女子高生も、締りがない表情でヘッドフォンから流れる音楽に耳を預ける髪の長い青年も、まるで違う空間を映し出しているスクリーンの残像のようにしか感じられない。   美咲は伏した顔から視線を上向けた。自然に身についた少し斜め下に顔を傾かせ、そしてちょっと上目遣いで見る得意の仕草で、視界にはめ込んだ相手を見る。 それを例え奈々美に「は? なにつくってんの」と詰られたとしても、由香に「ウザイんだけど、それ」と白い目で見られたとしても、もしかしたら今日いちばん刺激的な場面かもしれない時に、素の状態なんかでいられない。 あと三十分もしたら、鬱々とした木が人工的に並び立つ道を歩き、その先に見える学校の校門の入り口で、口を無気力に広げて浮かない程度に笑う、ということに気を配りながら「おはよー」とか言わなければならない。 その後なんて固まった生気の無い白い校舎の壁の内側に押し込められて、壊れたオルゴールが永久に軋んだ音をたてるのを聞くかのように、同じ時間が繰り返されるのだ。
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