《壱話》

20/32
前へ
/113ページ
次へ
猪鍋をキレイにたいらげた遠藤と爺さん。 爺さんは爪楊枝で歯と歯の間に挟まった肉をとる。 遠藤はそんな爺さんを見ながら、どうすれば良いか分からないでいた。 自身のコミュニケーション能力の低さに嘆かずにはいられない。だが、何か言わなければならない。 頭の中で整理する。 爺さんには怪我の治療をして貰った。命の恩人だ。ならば--  「今更だが、治療をして貰いありがとう」 礼をするのは当然だろう。だが、ただ礼を言うだけにはいかない。金を払う。または別のかたちで恩を返したいと想っている。 遠藤は頭を下げる。それを見た爺さんは禿頭を手でかきながら苦笑する。  「まあ、気にすんな・・・・ワシは頼まれたからやったまで、礼を言うなら--」 爺さんの話を遮るかたちで、こんこんと木製の扉から音が鳴る。 その音を聞いた爺さんは「ホッホッ・・・・やっと来たか」と呟きながら椅子から立ち上がり扉に向かう。 遠藤は戸惑いつつも下げた頭を上げる。 爺さんは訪ね人を招き入れた。 そして、遠藤は見た。 銀の長髪を後ろで一つに括り、鋭い眼光に八重歯が印象なヒトガタ。 麻の長衣を纏うヒトガタは人の姿をした獣だと遠藤は想った。それだけ、ヒトガタが放つオーラには獰猛な気配がしたからだ。 恐らく熊に襲われた後遺症なんだと想う。遠藤にある本能が危機を知らせる。
/113ページ

最初のコメントを投稿しよう!

161人が本棚に入れています
本棚に追加