《壱話》

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ヒトガタは身体を半身にして背を反らして躱す。そして、前へと飛び込み懐に入る。 左足を前に大きく踏み込む動作と連動するかたちで左の掌(てのひら)を脇に当てる。 力はいらない。重要なのは溜めたエネルギーを運用すること。 二十メートルの助走のエネルギーを逃さずに使う。そして、足、膝、股、腰、背、肩、肘、掌へと力が流れる道を整えて加速させる事で二倍、三倍の力が生まれる。 さらに、そこに《狼男》としての膂力が足されると--! 掌に手応えを感じたヒトガタは添えていた手を離してクマから離れる。 五メートル程離れると右腕を振った状態から動かない熊が突然、支えを失ったかのように前へと倒れる。 二百キロ超過の体重を有する巨体が倒れ、衝撃が地面から伝わる。 数秒待ってみるが熊が起き上がることはない。 その光景を遠藤は茫然自失の体(てい)で見つめていた。 これが《狼男》。 熊すら一撃のもとに屠ることの出来る並外れた膂力を有する種族。 --有り得ない・・・・。 そう心中に一言を漏らしたのと同時に悟る。 --ああ・・・・。ここは地球じゃないんだ・・・・。 薄々だが気づいていた事でも、あまり考えないようにしていたことだった。むしろ逆に期待は薄くても此処は地球の何処かだと考えて精神を落ち着けることをしていたくらいだ。 だが、あんなのを見たら遠藤の精神は脆く瓦解するのも時間の問題だった。
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