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酒場一押しの薬というだけあって効果は覿面だった。ショウギョの寒々しい頂が見える頃には、トシはだいぶ人間らしく歩けるようになっていた。顔色も良くなり、タオが話しかければ笑いながら応じ、冗談さえ返している。ただ、剣が振るえるかというとトシははっきり頷けない。やはり本調子とまではいかないらしい。しかし歩いていればどんなに調子が悪かろうと目的地には着くものだ。彼らは迷うことなくループスの目撃数が多い場所へと辿り着いていた。
山の中腹部よりやや麓に近いそこは、比較的傾斜が緩やかだった。とはいえ平地で暮らす人間には歩きづらい土地であることには違いない。クエストが長引けば戦況が不利になることは火を見るより明らかだ。加えてだいぶ遅くなった出発時刻。早々に下山した方が良い。そう判断したタオはループスの影を求めて首を巡らせた。
「静かですね」
同様に獣の気配を探っていたトシが低く呟く。タオはそれに無言で頷き、耳を澄ました。しかし獣の足音は愚か、鳥の囀りさえも拾えない。山頂から流れてくる風の唸りだけがトシとタオに聞こえる唯一の音だった。
「いないのか?」
タオは確認を取るようにトシに尋ねた。困惑気味に頷いたトシは、剣の柄に手を当てたまま周囲を散策してみる。
枝葉を目一杯伸ばした細い木々が点在するこの場所は森と呼ぶには少し緑が足りない。一本の木が作る影は広く、一休みには丁度いい空間が木の分だけそこかしこにあるものの、地面の全てを覆ってはいなかった。西に傾き始めて間もない日差しはトシとタオを包み、山は可も不可もない温度に保たれている。ループスがいなければここで暮らしても良いかもしれない、とトシはぼんやり考えた。
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