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良好な視界の中標的の姿を捉えることはもちろんのこと、清涼な木々の匂いとそれを優しく焦がす太陽の匂いに、獣の匂いが混じる様子も感じられなかった。トシはそっと息を吐くとタオを振り返る。
「もしかしたら移動したのかもしれないですね。他の場所に移りましょう」
「その方がいいかもな。ここにいても出てこないんじゃ夕飯にありつけそうにないし」
緊張状態を解いたタオは肩と首をぐるりと回した。短く呼吸すると気合を入れなおすように山頂を見据える。
「じゃあ登るか。ぐるっと回ってもいいけど。てかトシ、体調はどうだ?」
「今朝と比べようがないほど良いです。今なら準備運動がてら山頂まで走って行けそうです」
「ならよかった。敵に会うまで温存しといてくれよ」
「勿論です」
辺りを見回しながら暫し会話を楽しんでいると、二人同時に眉を顰めた。髪をなぶる風に異様な臭いが混じっている。吐き気を催すような不快な臭いだ。
「なんか半年前に買った肉を発見した時の臭いがする」
鼻を押さえたタオが、眉間の皺を深くしながら言った。同じく鼻を押さえたトシが、驚いたように目を見開く。
「こんな臭いがするんですか?」
「酷いのなんのって。虫は湧いてるし置いてた場所に肉の色はついてるし汁は出てるし木は腐ってるし。何が嫌って後の処理が嫌だね」
「肉を半年もどこに放置してたんですか?」
「肉が強烈過ぎて経緯は忘れた」
タオのとぼけた返答に少しの間、肉が腐敗するまでの経緯を想像していたトシだったが、すぐに首を振って思考を中断させた。今はループス退治に専念せねばならない。それに、せっかく体調がよくなってきたのだ。ぞっとしない想像は再び気分を悪くしかねない。想像の中でなく現実に漂ってくる悪臭が、トシの想像力を余分に逞しくして昨日のアルコールを嘔吐させてしまうであろうことは必至だ。
少々青ざめたトシの顔を一瞥してタオはばつの悪そうな顔をする。元気づけるようにトシの肩を叩いた。自分のものより少しだけ細い肩がびくりと揺れる。
「悪い。大丈夫か」
「平気です。それより臭いを辿りますか?」
「手掛かりがないからな」
「じゃあ行きましょう。なんだか嫌な予感がしますが」
「……腐った肉、ね」
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