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「タオさん、これ」
トシが目で示した先をタオは見た。ぽっかりと口を開けた洞穴には実に様々な色が乱舞していた。小さな羽虫の黒、剥き出された腹から覗く赤。白っぽいものは骨だろうか。黄ばんだ肌は所々土で汚れていた。それらの色が洞穴の隅から隅を覆っていた。無造作に積み上げられている人型の肉塊の中央の真新しい死体は、より鮮明にタオの網膜に焼き付く。まだ濡れているような鮮やかな赤、虚ろな瞳、ぱさついた髪。多分冒険者だろう。破かれた衣服のポケットから拳銃が覗いている。すぐその下の腹は、無残にも食い荒らされていた。その隙間から突き出た骨が暗がりの中でやけに発光しているように見える。それが唾液によるものだと分かったとき、遂にタオは嘔吐した。食道と舌を焼くような熱に視界が滲むが、口からは止めどなく吐瀉物が零れる。唇を引き結ぼうとしても胃液の苦さに緩んでしまった。
「大丈夫ですか」
トシは蹲ったタオの背をゆっくりと撫でた。胃の中のものを吐けるだけ吐いてしまったタオは憔悴した顔で身を起こした。浅く息を吐くタオの肩を軽く叩いてトシは落ち着いた様子で声をかける。
「タオさん、ゆっくり息を吐いてください。ゆっくりです」
手本のように深呼吸してみせ、肩を叩く手でリズムをとる。そのうち落ち着いてきたらしいタオがようやく言葉を発した。
「今の、全部人だったよな」
「中には動物のものもあるようでしたが殆ど人でした。少なく見ても二十は下らないでしょうね」
意外にも冷静なトシにタオは困惑する。しかしタオがトシの反応に言及するよりも先に、びりびりと空気を震わせる唸りが辺りにこだました。
「ループスか」
タオがそっと息を吐く。テーピングされた拳をぎりりと握り締めた。彼の戦意に触発されたのか、現れたループスは唸りを低くする。
「しかも複数のようですね」
「なんだと?」
見ればループスの影に四方を囲まれていた。断層の上から見下ろすものが二頭、断層を背に立つ二人を同じ低地から囲むものが三頭だ。じりじりと間合いを詰めてくるループスに、二人は負けじと睨みを利かせて洞穴から離れていく。木の根が張り巡らされたそこは足場が悪すぎた。
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