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 日が沈んでから数時間が経過しているとはいえ夏の熱気は未だ地上を覆っていた。特に酒場の熱気は一入だ。ここオクトンの村も例外ではない。八つの山に囲まれた小さな盆地ではあるが、酒場から漏れる男たちの笑い声を聞けばその賑わった様子は瞭然だ。喧騒とともに扉の隙間からは明かりが漏れ、時折道を行く人や野良猫の足元を濡らした。  その砂をじゃりと踏みしめる男がいた。無造作に切られた短い髪は湿った幹を思わせる茶色で、綺麗に整えられてさえいればどこぞの貴公子かと目を瞠る者もあったかもしれない。男は少しの間辺りを見回した後、静かにウェスタンドアを押した。アルコールと人の熱や汗のにおいが男の鼻をかすめる。それに顔を顰めるでもなく男はカウンターに腰掛けた。 「何飲むのかしら?」  カウンター越しに店主に聞かれる。ぴったりとした紫色のドレスを着た、体格のいい男。厚めの唇は濃い紅が引かれ、瞼は青く塗られている。ぎょっと目を見開いてしまう異様な出で立ちの店主だ。カウンターに組んだ手を置きながらも、店を間違えたかと男は冷や汗をかいた。 「えっと……じゃあとりあえずビールで」  店主の探るような視線に男は居心地の悪さを感じながら引きつった笑顔で答えた。 「わかったわ」  ウインクを一つ残して店主が奥へと消えた。しかしすぐに彼は両手に大きなビールジョッキを持って戻ってくる。そのうちの一つが、男の前に置かれる。 「見ない顔だわね。この村初めてでしょう?」 「はい、ギルドのメンバーに相応しい人がいないか探しに来ました」 「そう」 ちびちびとビールをなめる男を、店主はにこやかに見つめる。見つめながらもう一つのジョッキを口に運んだ。 「まあようこそオクトンへ。良い村だから楽しんで行ってちょうだい」  軽く男のジョッキに自分のジョッキを打ち合わせて、店主は再び奥へと消えていった。どうやら他の客に呼ばれたらしい。男は居住まいの悪さを正すと、額の汗を拭った。初めて接触するマイノリティな人種に体が知らず知らず強張っていたらしい。安堵の息をつき体を揉み解すのも束の間、しかし店主はすぐに男の前に戻ってきた。それからじっと男の茶色の目を見つめてくる。男はジョッキを両手で握りしめ口元に運ぶも、酒の味を楽しむ余裕はなかった。 「あの……なんでしょう?」 「かわいいわね、君。いくつなの?」 「……十九です」 「名前は?」 「トシです」
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