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強いアルコールに舌先が麻痺し始めた頃、不意に肩を叩かれた。伸びてきた手を辿って見れば、先程タオを窘めた人だ。トシにとっては命の恩人ならぬ酒の恩人とも言える。
「悪いな。なんかうるさくて。一人で飲みたかったんだろう?」
「いえ、そんなことは」
「そうか? ならよかったけどさ」
背後で交わされるお喋りを煩しく感じてはいないだろうかとトシはタオの様子を窺い見るが、彼は店主との雑言の応酬で忙しいらしい。こちらを振り向く素振りすら見せない。トシの視線に気づいたのか男はふっと頬を弛める。
「ここ来るといつもこうなんだよ、こいつら。もうやかましいのなんのって。俺いつも空気だしな」
やれやれといった風に男は苦笑を漏らした。しかしそこに嫌悪の色はない。愚痴を漏らしつつもこの二人の会話を楽しんでいるようだ。トシは男の表情から正しく彼の好意を読み取り、つられるように笑った。
「俺はマキ。お前は?」
「トシです」
「トシって呼んでも構わないか? 堅苦しいのは苦手で」
「はい」
「俺もマキでいいから。あ、あとこのうるさいのはトキちゃんも言ってたけどタオっていうの。見た通りのバカだけど悪いやつじゃないんだわ。このバカ騒ぎもさっきの酒もごめんな」
「いえ、全然。僕、騒がしいの好きですから気にしないでください」
トシが柔和な表情で応じるとマキは酒を運ぶ手を休め、トシを見つめた。
「謙虚な青年なんだなぁ。いまどき珍しい」
本当に物珍しげにしげしげと眺められる。トシはマキの視線から逃れるようにアルコールをなめた。舌先の痺れと不可解な視線に助けられ酒を飲むペースは格段に上がっていったが、トシは気づかない。
「なぁお前どこから来たの?」
興味深げに聞いてくるマキをトシはぼんやりとした頭で認める。大分酔いが回ってきているため、返事をしようにも何も言葉が浮かばない。ただ彼の意思とは関係なく「あー」だとか「うん」だとかの相槌は打っていたようだ。「ごめん、聞いちゃいけない質問だったか?」とマキは頭を下げている。
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