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「…………」
「簡単でしょう?」
「………」
女の子は怯えているのか瞳を揺らすだけで何も言わなかった。
だが静かに小さく顎を引いた。
「…じゃあ、あなたはここで待っていて」
ふっと微笑み、ぱたんと後ろ手でドアを閉めた。
…一生の、傷になるかもしれない。
好きな人が、別の女とヤッているのを間近で聞かなくてはならない。
それは一生の傷になるかもしれない。
それであの子が逃げ出してくれれば、私的にはうれしい限り。
傷ついて、悲しんで、二度と彼の前に姿を現さなければ、彼はきっと手に入る。
どういうわけかは知らないが、いま、彼と彼女は離れたところにいる。
きっとまた近づいてしまえば、それこそ噛み殺してでも彼は彼女を離さないだろう。
分かっている。
彼は狂気の人。
それでも惹きつけてならない魅力がある。
何が何でも守り抜いてあげたいだけの、何かがある。
ようやく自宅に辿り着き、部屋のドアを叩き壊すように開けた。
そして靴を脱ぐ余裕もなく、その場で泣き崩れた。
欲しかった。愛おしかった。
こんなに思っていても、私には手に入れられなかった…
声が嗄れて、溢れる涙も感情も何もかも出し尽くすと、ぼんやりとした睡魔に微睡んだ。
…でも、そうね。
大人なのに子供なあの彼と、子供なのに大人な彼女は、良い感じに釣り合っているのかもしれないわね…
瞼を閉じた。
最後に零れ落ちた涙は、柔らかな髪の中へ落ちて、消えた。
end
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