プロローグ

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宝玉祭の開会式は通常通りに行われた。 いつもと違うのは剣が本物で無いという事だけだ。 ワートルは1度家に帰り、自室から外の喧騒を聞いていた。 目の前には幼い頃の自分とルルシアの写真。 12年前の物で、その中の自分は金のトロフィーと剣を手にして笑っている。 写真と同じ剣を手に持ち、天井を見上げる。 出発は翌日の朝に定めた。 それまでにスッケが竜の宝玉物語から、竜の手がかりを探してくれる。 しかし彼がケントルムを離れるのはこの写真の時以来。 今の自分の剣の腕が、どれ程通用するのかも分からない。 不安は膨らむばかり。 その不安を外からの叫びが一瞬でかき消す。 「ワートルー!!」 ビクッと体を震わせた後ワートルは窓を開け、目の前の通りを見下ろす。 ルルシアとナルメスがワートルの部屋の窓に向かって手を振っている。 不思議な事に自然と笑みがこぼれる。 「ワートル様ぁ、一緒に出店を見て回りませんことぉ?」 2人の顔を見て、問いかけに頷く。 「おぅ、今行く!」 今の内から先の事を考えても仕方無いと、部屋を出た。 玄関には丁度今帰ってきたらしい男が1人。 ワートルを見るなり、何も言わずにさっさと家の奥へ去っていく。 彼はテナークス。 ワートルの父親で、ケントルムで1番の腕利きの鍛冶屋である。 「なぁ。」 ワートルにとって父は嫌悪と恐怖の塊でしか無い。 それでも彼は声をかけた。 自分が長いか短いかも分からない旅に出る事を知ったら、父はどんな反応をするかと思ったから。 ワートルと同じ紫の瞳が彼を捉える。 その眼光に彼は思わず目を反らす。 「…何でも無い。」 テナークスはふんっと鼻で笑い、その場を立ち去る。 どんな反応をされても、ワートルは笑うつもりでいた。 勝手にしろと言われても、笑われても、万一心配されたとしても。 それが急に恐ろしくなったのである。 何故かはどんなに考えても分からない。 ワートルは下唇を噛む。 自分は悪くない、と何度も自分に言い聞かせる。 唇から血が滲み出す。 彼はテナークスが帰ってきた時と同じように何も言わずに、家を出た。 結局、ワートルはその後も父に旅の話を告げる事が出来なかった。
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