プロローグ

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「ワートル! ちょっと待ちなさいよ、ワートル!」 青年はその声に振り返る。 自分の顎より低い背丈の幼なじみは、1年ぶりの人混みの中を一生懸命付いて来る。 青年は呆れながらも彼女の手を引く。 青年の名はワートル。 ケントルムに住む鍛冶屋の息子だ。 「だから俺1人で良いって言ったろ。 町長は俺に、急ぎの、用があるって言ってたんだから。」 漸く追いついた幼なじみを見下ろして見れば、顔を真っ赤に染め頬を膨らましている。 彼女はルルシア。 ワートルと同じくケントルムの医者の娘。 「良いじゃない、どんな用事か気になるんだもの。」 いじけてプイッとそっぽを向く彼女に呆れて思わずため息を漏らす。 そんな2人に人混みはぶつかりながら動いていく。 何の前触れも無しにゴーン、ゴーン、と教会の鐘が鳴り始める。 その音でワートルは我に帰る。 鐘の音は9回響いた。 朝の9時の知らせである。 「ぅえ!?もう9時じゃねぇかっ!!」 未だにいじけているルルシアを他所にワートルは焦りを見せ始める。 町長に言われた時間は9時、確実に遅刻。 どうした物かとルルシアに目を向ける。 少し考えた後、仕方無しに手を合わせ早口に言う。 「悪い、ルルシア。先に行く。」 それだけ言われたルルシアは、切羽詰まり走り出そうとしたワートルの腕を掴む。 明らかにその表情は怒りのみを表している。 「何それ、酷いじゃない! こんな人混みの中なのよ!?迷子になったらどうしてくれるの!?」 半強制で勝手に付いてきた上に何とも理不尽な文句にワートルは顔を歪める。 しかし確かにルルシアが人混みの中で迷子にならないという保証も無い。 「あー…ったく!しっかり掴まってろよ!?」 言うが早いか、無理矢理ルルシアを抱き上げ路地に出る。 「ちょっとぉ!! 何でお姫様抱っこなのよ、馬鹿ぁっ!!」 全力疾走するワートルの腕の中からルルシアの叫びが木霊した。
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