三.時代遅れ

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三.時代遅れ

 ――律沁(りっしん)。  座敷牢のような、暗い部屋。蚊の啼くような声で、老師は言った。 「律沁。俗に降りて何をするというのだ」  黴臭い匂いが鼻についた。膝が触れるほど師の近くに坐し、律は唇を噛んだ。  決心が揺らぎそうだった。  否、決めたのだ。これが、今の窮状を解決するための最も良い方法だ。 「仕事につきます。瓦版屋です」 師の驚きが、空気の揺らぎで分かるような気がした。 「ご存じですか、老師。ちまたでは、瓦版のことを、しんぶんと、言うのだそうです」  律は堰を切ったように、師に語って聞かせた。  我が寺の事件を調べに来た者がいます。その者が、これからも同様の事件が各地で起こるであろうから、仏門の分野に明るい書き手がほしいというのです。私には天職のように思われます。彼について、江戸に参ります。  師は黙って聞いていた。  律が話を進めるほど、師の気配がか細くなり、もろとも夜に紛れて消えていくように思われた。  でも、だからといって引き返すわけにはいかなかった。  頭上を、どやどやと足音が渡っていく。  寺の宝物を略奪に来た者たちだ。  足音が通り過ぎて行った後、再び律の心に火が灯った。  書かねばならない。  江戸に行って、ああいう連中を糾弾し、世の中の流れを変えなければならない。
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