忘れられなくて

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    私は引退してからも、受験勉強の息抜きに時折部活に顔を出していた。 秋に終わりを告げる頃から、 部内ではある噂が囁かれ出した。 『速瀬先輩って、花乃の事好きらしいよ』 当然、海斗の耳にも入っているはずなのに、それを否定するそぶりは見られなかった。 当たり前だよね。 本当なんだから。 ……多分。 花乃もまんざらではない笑顔。 「有り得ないよ」 そう言いながらも全身に喜びが溢れている。 分かっちゃうんだよね。 海斗と付き合い出した頃の私がそうだったから。 花乃も海斗の事、きっと好きなんだろうね。 ……多分。 それを確信したのは、バレンタインの日。 花乃は朝からそわそわしていた。 花乃の周りでは友達らが、祭気分で囃し立てている。 海斗との接触のチャンスを、何度も試みては後ずさり。 部活中も海斗ばかりを目で追って、 まるで練習に身が入ってない。 顧問の竹田先生から何度も注意が及ぶ。 そんな花乃を、【可愛い】なんて思ってしまう。 まったく人ごとの様に。 正確には、人ごとだと思わなければ心が保てない。 「名倉さん、部室から得点板持って来て」 「あっ、はい」 花乃が小走りで部室に駆けていく。 ------ 素直で可愛い子。 そんなあなたにご褒美だよ。 今さっき、海斗も部室にボールを取りに行ったところだから。 なに協力しちゃってるんだろうね、私。 ただの馬鹿だね。 どうせ後で、思いっきり後悔するくせに。 どうせ後で、思いっきり泣くくせに。 一足先に、少しテンションの上がった海斗が帰って来た。 続いて、少し顔を赤らめた花乃が帰って来た。 花乃の今の気持ち、痛いくらいに分かるよ。 海斗の事、好きで好きでしょうがないでしょ? 見つめられたい。 その手に触れたい。 抱きしめられたい。 ……なんて思うよね。 海斗もね、きっとそうしたいと思ってるよ。 ……花乃の事。 そう、私じゃない。 あなたの中に、 私はいない。
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