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「卒業おめでとうございます」
とうとうこの日が来ちゃったね。
自分の都合のいいように、時は止まってくれないんだって、改めて再認識した。
卒業式後、私と海斗は、誰もいない音楽室に来ていた。
「何か弾いて」
室内にある大きなグランドピアノの椅子に腰掛けている私に海斗が言った。
「みんなそう言うんだよね」
「えっ?」
「友達の家とかにピアノがあったりすると、みんな当たり前の様に『何か弾いて』って言うの。
『弾ける』なんて一言も言ってないのに、クラシックでも弾きこなすかの様な、そんなイメージでみんなが私を見るの」
私は片手でゆっくり鍵盤をたたきながら、【未来へ】という曲を奏でた。
「私ってそんなイメージかなぁ?
何でも器用にこなしちゃう様な、
人の助けなんか要らない様な、
そんなイメージかなぁ?」
曲の途中でつかえ、弾いていた手を止める。
「所詮、この程度なんだけどね」
私は笑って、ピアノに近い席の机の上に座る海斗を見上げた。
海斗は鍵盤を見つめながら困った顔をしていた。
きっと海斗も、そんな風に私を見ていたのだろう。
でも、本当の私は違う。
何に対しても臆病で、人に対しても気構えて壁をつくってしまう。
母が心配して、小学生の時に、私をテニスクラブに入れた。
そのお陰で、テニスにおける強さは身についたけど、心の弱さを隠すための、人を寄せつけないプライドまでも身につけてしまった。
「速瀬くんのお陰で、中学校生活が楽しかったよ」
別れの時が迫る。
今日は卒業式。
少しくらい泣いたって、いいのかな?
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