忘れられなくて

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    「柳川先輩、もちろんこの先もテニス続けますよね? 志野高でも頑張って下さい。 活躍、期待してますから」 もちろん続けるよ。 そのために選んだ志野高だもん。 だって今の私には、もうテニスしかないじゃない。 「ありがとう。 速瀬くんも、部長の貫禄がすっかり板について来たね。頑張るんだぞ。 加賀中テニス部を頼んだよ」 私は椅子に腰掛けたまま右手を上げ、 ハイタッチを誘うポーズをした。 海斗は座っていた机から腰を上げ、一歩私に近づき、同じく右手でハイタッチを返して来た。 パチン 二人の手が触れ合い、音をたてた。 同時に私は、触れ合った海斗の手を握った。 二人の間で時が止まる。 海斗は驚きと戸惑いの表情のまま私を見つめ続ける。 初めて握ったあなたの手……離したく……ないよ。 その想いが、更に強く海斗の手を握りしめた。 海斗は目を細め、唇を僅かに噛み締める。 そんな海斗を見上げる私を、海斗は見下ろす様に立ちすくむ。 どんなに時間が流れても、 どんなに望んでも、 海斗が私を抱きしめてくれる事は無かった。 「さよならは言わないよ」 悲し過ぎるから。 「一年後に志野高で待ってる」 「えっ?」 「速瀬くんもテニス続けるよね? だったら志野高おいで。 テニスを続けるなら絶対志野高だよ」 志野高は全国大会出場の常連校。 間違った事は言ってないよね? なのに海斗の返答に時間がかかる。 表情までもが曇り始める。 私は握りしめていた手の力を抜いた。 と言うより、抜けたのかな? 二人の手が離れ、やっと海斗が口を開く。 「じゃあ一年後に志野高で」 海斗の口調はきわめて明るかった。 だから私も明るく言えた。 「またメールしてもいいかな?」 「いいですけど、授業中だけは勘弁してくださいね」 海斗が笑った。 だから私も笑うしかなかった。 海斗なりに終止符の打ち方を考えたんだと思う。 海斗は私からその手を離すのを待ってたんだ。 ただ、ひたすら、 【北風と太陽】の童話の様に。 海斗にとっての私は、テニス部の先輩。 私と海斗は ただの 先輩と 後輩。 ただ ……それだけ。
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