忘れられなくて

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    午前11時を回った頃、改札口に海斗の姿を見た。 しかしその姿に、嬉しさのカケラも感じられなかった。 海斗に感じたのは、とてつもない距離感。 それだけが私を苦しめた。 海斗が乗って来た電車は、高田駅に向かって走り出した。 海斗は乗車駅とは真逆から来た事になる。 進行方向が変わった訳ではない。 確かにその電車は真逆からやって来たのだから。 あれ程逢いたかったはずの海斗の前から、今はすぐにでも立ち去りたい思いが占めた。 間もなく私の目の前に海斗が佇んだ。 テーブルに置かれた冷めたコーヒーよりも、海斗の気持ちが冷めている事を間近に感じてしまった。 そしてそれとは裏腹に、何か大切なものに満たされている海斗がいた。 私には分かる。 好きだからこそ分かる。 あなたは大切なものを守ろうとしている。 しかも、私を傷つけないように。 でもね、それは無理なんだよ。 あなたを失ったら、私は傷つくしかないんだから。 私はあなたでしか癒されないんだよ。 ウエートレスが海斗の注文を取りに来たけど、私達は外に出た。 「部活は?」 ウィンブレ姿でテニスバックを抱える私に海斗が聞いた。 「サボっちゃった」 ポツリと私。 「珍しいですね」 ポツリと海斗。 そして沈黙。 海斗は呼び出された理由も聞いてこなかった。 『逢いたかった』なんて言われたら困るもんね。 ゆっくりゆっくり地面を踏み締める様に二人で歩き続けた。 そして駅のベンチにたどり着き、 どちらともなく座った。 「俺ね、」 そう言いながら海斗は首を横に向け私を見た。 「大切に思う子が出来たよ」 切なさが胸を締め付ける。 早まる心臓の鼓動が呼吸までも乱す。 「そっか」 一言がやっと。 「今さっきね、それを伝える事が出来た」 そういう事だったのか。 海斗に感じた距離感に納得出来た。 「上手く伝わった?」 必死に平常心を装う。 「どうなのかな?」 「頼りないなぁ」 「ですよね」 海斗の口元がちょっとだけ笑った。 私は笑えなかったけど、 海斗にはもっと笑って欲しかった。 「そんなんじゃ、他の誰かに盗られちゃうよ」 「えっ?」 「女の子はね、 いつでも不安なの。 言葉や態度が必要なんだよ。 確かな何かが欲しいんだよ。 頑張ってくれなきゃ、 忘れられないじゃない」
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