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青年は何も答え無かった。
その無言という抵抗に、女は厭らしい笑みを浮かべた。
『もう一度説明するけれど、ソレは新しい未来を作るためにどうしても必要なものなの。解るかしら? ソレは、貴方の玩具にするには勿体な過ぎる代物なのよ。自慰がしたいのなら他のものを使って頂戴』
ギリッと、強いノイズ音にも似た歯ぎしりを青年が立てる。
『自慰、だと……?』
怒りと失望が混じった、自嘲するかのような声。
『自慰よ。貴方がソレに拘るのもソレを守ろうとするのも、自慰以外の何物でも無いわ。マスターべーションのほうがよっぽどお利口に思えるぐらい、滑稽で下らない自慰。やめたほうがラクになれるのに、駄々を捏ねてまで止めない。お子ちゃまの自慰』
言いなだめるようで小馬鹿にするような、少なくとも見下していることははっきり解る口調で女は言う。
『――渡したくないなら死んでしまいなさい。そのほうが数倍、ラクでしょうしね』
青年は答えない。
『さあ、早くそれを渡しなさい』
迫る女と機械人形。逃げ場はどこにも無かった。
だというのに、
『……いや、だ』
青年が言った。
『俺は、約束したんだ! 自由を見せてやるって!』
青年のその言葉と必死な声に、女は嘆息する。
『それが下らない自慰だと言っているのよ。もう見てられないわ』
いくつもの銃口が、同時に青年へむけられる。
絶対絶命。もはや、なすすべはどこにも無い。
『死になさい』
冷たい現実。
だが、
『……うるせぇよ……』
震えた声で青年が言った。
『下らない自慰だからなんだよ。利口じゃなくて悪いかよ。下らない自慰を繰り返す利口じゃない人生だとしても、これは俺が選んだ道なんだよ!!』
張り上げられたその声は、枯れて今にも消え入りそうだった。
『死ねば未来は無いというのに』
しかし、女の態度は変わらない。
『なら、さようなら、科学者もどきと妹もどきのおままごとは、これでお仕舞い』
一際大きなノイズが走り、映像はそこで途切れた。
通信は不調。未来の無い現実を突きつけるように、冷たく無情で、価値の無い映像が画面を包んでいる。
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