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完全に遅刻だろうな。
男はそう確信しつつも歩みの速度を変えないでいた。というのも理由があるようで、彼から数メートル離れた場所に視点をずらすと、今にも倒れそうな少女がゾンビのように歩を進めているのがわかった。
「待ってよーう」
助けを請うように手を伸ばす少女であったが、声を掛けられた対象に変化はない。
「もともとお前が寝坊したのが悪いんじゃねぇのかー?」
「そ、そんなこと言ったってー」
「別にいまから急いでも入学式には間に合わないだろうし、一緒に遅刻してやるかわりに、これ以上は待たねぇからな」
「あれ、でもミライって首席入学の挨拶が……」
「しらね」
男の名前は“明日野 未来(アスノ ミライ)”。今日から高校一年生になる少年である。どうやら頭は良いらしく、今回の入学式にあたって生徒代表の挨拶を行う予定だったのだが、それは達成できなかったようである。
その後ろ、少女の名前は“杉田 佳子(スギタ カコ)”。体力に自信、というかそれ以前の問題であるようだが、こちらも今日から高校一年生になる少女である。特徴は短めの頭髪にちょこんとくっついてるカエルのヘアピンである。他に特に目立つポイントはない。
「魔法が使えたらなぁ」
少女がポロリと不満を漏らした。魔法、この世界においてはありふれたエネルギーである。
「指定された地域かポイントでしか使えねぇのは小学生の段階で教えられたはずだけどな。無い物ねだりはやめとけよ?」
「言ってみただけだもーん。相変わらず頭が堅いですことー」
「置いてくぞ?」
「ごめっ、ごめんごめん! 見捨てないでー」
「要は科学と魔学の両立だろ、魔法なんて生まれたときから使えるのに、バイク通学は高校一年以上からなんて不平等だと俺は思うね」
「それなら魔法だってどこでも使っていい国家ライセンスの取得試験は高校卒業後から受けられるじゃん」
彼らの頭に急ぐという文字はないらしい。登校日初日というのに大した度胸である。
「って、言ったそばから車通学か」
「すごく高そうだねー」
彼らの後方から一台の黒塗り車。カコが言った通り高級車であるようだ。
止まった。
「ん? なんかしたか?」
ミライの疑問を無視するかのように後部座席のドアが開いた。目にはいるのはミライたちと同じ制服である。
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