『ごめんなさい』

8/16

9人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ
 東へ向かって、残り50m。  時刻は6時半を回り、太陽の光がアルコールと徹夜で浮腫んだ目に厳しく射し込んでくる。 「…まぶし」 「うん」  並んで歩く私たちと、車や犬の散歩をする人が擦れ違う。 「完全に朝だね」 「だね」  会話が少なくなってきた。  お互いに、“終わり”を意識し出しているのだと、分かった。  空気が固まる。  けれど、過ぎる時間は止まらない。 「……ここ」  足を止め、目の前のアパートを見上げる。 「ここ、なんだ」 「…うん」 「…近いね」 「…そうだね」  立ち止まり、顔を見合わせる。  うまく、笑うことができない。 「……じゃあ」 「……ん」  でも、笑わなきゃ。 「…ありがと」  精一杯の笑顔をつくって、手を差し出し、握手を求める。 「………こちらこそ」  私よりも、二回りくらい大きな手。  初めての握手は、思ったよりも少し緊張した。  感触を忘れないように、覚え込ませるように握る。  気に病んでほしくない。  困らせたくない。  ――笑ってほしい。 「…なーんか、惜しいなぁ」 「ん?」 「もっと暗かったら、最後にチューの思い出もらおうと思ったのに」 「―っ、」  小さく吹き出して笑われた。   半分…7割方?くらいは本気だったけれど、ウケたんならいいや。  思ったことを、言うだけなら許されるんじゃないか?って気がしていた。  一応、まだ酔っぱらいだし。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加