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けれどその時、車の排気音が耳に入ってきて、一瞬で現実に引き戻される。
私は硬直して、自分達のすぐ側をその車が通り過ぎるのを静かに待った。
私は、貴士くんの胸に顔を埋めていて頭しか出ていなかったけれど、彼はモロに顔出ししていたのではないだろうか…。
それも、土曜日の早朝、晴天の真下の明るい往来の、よりによって自宅の目の前で、だ。
一気に恥ずかしさが込み上げ、さすがに今度は力を込めて、貴士くんを押しやった。
「……もぉ~…」
ずるずるとしゃがみこみ、顔を膝に埋める。
「…家の目の前なのに……」
「ごめん…」
この歳になると、考えなしに行動することはもう、ほとんどなくなる。
なんて大胆なことをしてるんだろうと、今までの自分じゃ考えられないことをしているのが不思議で、可笑しかった。
…こんな、少女漫画みたいなこと、ほんとにあるんだ。
小さく笑って、恥ずかしさから却って落ち着いた私が顔をあげると、同じように笑っている貴士くんと目が合った。
何してんだろうね、私たち。
「…人、ほんと通るんだね、ここ」
「まぁね。…もう6時半過ぎたもん。こんくらいはフツーだよ」
腕時計を確認して、私は苦笑いを浮かべながら答える。
貴士くんも「そっか…、だよね」と言って決まり悪そうに笑った。
私の住むアパートは、ちょうど道路縁に建っている。
小学校の通学路でもあり、細い道だが、大通り間の短縮にもなるので、裏道として使う人は多い。
そのため、人通りはもちろん、車の通りもそこそこにある。
「…なんか、落ち着かないよね」
せっかく、いい雰囲気だったのに。
…って、考えちゃダメじゃん、私。
後ろ髪引かれまくりで、貴士くんにも引かれたんじゃないかと心配する。
でもその一方で、淡い期待も抱き始めていた。
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