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とは言っても、先行き明るい意味ではない。
「…ちょっと、戻る?」
「…うん」
家の前から離れるために、歩いてきた道を、二人で引き返す。
なんで、ここで別れないのか。
今、私を抱き締めた意味は。
何も聞かない。それでいい。
ただ、黙って歩く。
さっきの曲がり角まで来たところで、私から口を開いた。
「…そこの、陰。あんまり人、通らないけど」
「うん…」
「…行く?」
「…そうしよっか」
喉元が、きゅっと狭まる感じがした。
…緊張する。
心臓が、ドクドクと速く打ち始めて、息が苦しくなった。
けれど、足を止めることはせず、貴士くんの隣に並んで、建物の陰になっている路地裏へ入っていく。
通りからは見えない位置まで奥へ進んだところで、どちらからともなく、足を止めた。
ゆっくり、貴士くんの方を振り向く。
貴士くんも、同時に私の方を向いた。
お互いに向かい合って、目が合ったのは一瞬。
その目を見続けるのが怖くて、すぐに俯いた私は、目を閉じて、目の前の広い胸に頭を寄せる。
すると、貴士くんが腕を回してさっきみたいに私を抱き寄せ、そこで私は、初めて貴士くんを自分の腕で抱き締めた。
見た目は細いのに、意外と厚みがあって、腕が回りきらない。
やっぱり男の人なんだ、と当たり前のことを思っていたら、背中に回されている腕の力が強くなる。
息が詰まるのが、心地好かった。
もっと、強くして。
そのままどうか、離さないで。
衝動のままに、私も強く、貴士くんを抱く腕に、力を込めた。
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