『ごめんなさい』

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 それが、モラルに反していることは十分承知している。  もしかしたら、今よりももっと、後がつらくなるかもしれないことも。  それでも、伝えたかった。  触れたかった。  もっと、その先に。 「貴士くん…」 「ん…?」   少しだけ体を離して、顔を上げる。  ちゃんと、言えるだろうか。  言わない方がいいんじゃないか。  でも。 「…最後に、我が儘言ってもいい?」 「…うん」  拒んでいいよ。  ダメだよ、って言って。それは出来ない、って言って。  理性が頭の中で制止を求める一方で、全身が彼を求めて震える。  顔を見れなくて、視線が彼の口許辺りをさ迷う。 「あの、ね……」  そこに触れたくて、頭がクラクラした。  なかなか言い出せずにいると、腰にある腕に力が込められて、密着が強くなった。  それと共に、顔も僅かに近づいた気がして、咄嗟に「ごめん、やっぱりいい」と、下を向いて言ってしまった。  触れたいのに、触れたいと伝えるのが恥ずかしくて、怖かった。  とんでもないことをしようとしている気がして、今更ながらに怖じ気づいた。  けれど、目の前の胸に顔を伏せた私を、彼が少し強い力で抱き締めてくれたから、もう一度、言う決心を固める。  一度深呼吸をして再び顔を上げて、視線を合わせてはみたけれど耐えきれず、目を伏せてしまう。  けれど、左頬を手のひらで包まれ、その手の暖かさに背中を押されるようにして、とうとう口にした。 「一回だけでいいから、…キスしたい」  でも、最後まではちゃんと言えなかった。  言い切る前に、彼の唇で塞がれたからだ。  いくらか急いたように合わせられたそれは、すぐに深く重なってきて、少し驚きながらも私は受け入れた。  余裕がないのか、緊張しているからなのか、初めて交わすキスはひどくぎこちなかった。  なのに、今までのしてきたどのキスよりも、一番気持ちが良い。  背筋がさわりと粟立って、ぞくぞくする。  体が内側から熱くなっていくのが分かる。  感情が昂っているだけで、自分の身体がこうまで感じ方を変化させると思わず驚く。  求められるなら、今なら全てあけ渡してもいいと、本気で思えた。
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