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「…あの、すごく、返事に、時間かかっちゃって、…申し訳ないんだけど」
「うん」
「結論から、言わせてもらうと…」
ドクンと、一瞬心臓が止まったような気がした。
貴士くんが足を止め、一歩遅れて私も止まる。
少し後ろを振り返ると、貴士くんの頭が、前に傾くのが見えた。
「………ごめんなさい」
丁寧だな、と、他人事のように思った。
「……うん」
口許が自然と緩む。
人に対して真摯に向き合う人だと、素直に嬉しく思った。
けれど、笑っていないと、泣いてしまいそうで、不安定に感情の波が揺らいでいる。
「りおちゃんと、今までお店で、話したことも、一緒に会うようになって、話したこととかも、……色々、考えてた」
「…うん」
一旦言葉を切った後、言い淀みながら、「あの、色々先走りすぎかもしれないんだけど」と前置きする。
「俺まだ、結婚とか、全然考えてなくて、…今、仕事辞めて、何がしたいとか、…まだ、すぐには、決めてなくて、…自分のこと、も、ちゃんと生活できるかとか、そーゆう状況で。
それで、彼女と別れて、りおちゃんと付き合っても、…養うとか、できないと思うし、…色々、無理だと思う。…いや、今の彼女も、そのままでいいってわけじゃないけど…」
慎重に、迷いながら、必死に、言葉を選んでいるのが伝わってきた。
――結婚。
思えば、私の中には、いつもその言葉が浮かんでいた。
『早く結婚したい』
『子供がほしい』
三十路を目前にして、周りの同年代が続々と結婚し、出産する中で、焦りばかりが募っていた。
本心ではあるが、半ばネタとして口についていたそれらの台詞が、枷になったのだろうか。
それなら、口になんてしなかったのに。
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