プロローグ

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目の前で大人が喚いている。尻を引き摺って後ずさりをし、今にも泣きそうな顔で私に向けて手を開く。おそらく、待ってくれ、と言いたいのであろう。しかし、大人はそれが出来なかった。出来ないくらい慌てていた。 私はキョトンとした顔で一歩前に脚を踏み進めると、大人は更に喚き声を上げて壁にまで後ずさる。 これじゃ話せないよ。 そう心の中で呟いた私は、担いでいる重たい荷物を持ち直し大人へと近付いた。 喚き声が大きくなるが、部屋の隅に追いやられた大人にもう逃げ道は残されていない。無駄な脂肪が揺れる腕で顔を覆い隠し現実から目を背けるその姿は、醜いの一言で表せられる。 ふと、大人の手の届く床に煙草の入った灰皿が転がっているのが見えた。見るからに硬そうで、あれで殴られたら本当に痛いであろう。 呑気にそんな事を考え、私は重たい荷物を運んだ身体を少し休ませた後、荷物をその大人へと向けた。 煙草を意識したせいか、部屋のあらゆる所にこびり付いた生活臭が鼻をついた。耐えきれずに思わず目を閉じる。 「…………この、くそガキがッ!!!」 再び目を開けると、目と鼻の先にさっき見た灰皿があった。抗う術なく当たってしまい、私の身体はバランスを失って大きく後方によろけた。 その隙を見て、大人は這い蹲りながら私の横を抜けようとする。 させないッ! 後ろに倒れる身体を反転させ、大人の片腕を掴んで背中に押し当てた。大人はその身を床に叩き付け、私はその上に乗っかる。 大人は必死になって身体を動かそうとするが、関節の激痛に抗えないその姿ではもう子供一人の拘束から抜け出す術すら残されていなかった。 「そこまでにしておけ」 不意に、部屋の外から聞き慣れた声が聞こえた。 見上げると、もう一人の大人がこの部屋に入って来るところであった。 この人は見慣れた人だが、唯一見慣れていない個所といったらガスマスクを装着しているところであろう。 拳銃の先に細長い筒を取り付ける作業をしながら、その人は取り押さえられた大人を見下す様にして見た。 「ロボットの殺害が72件、虐待が105件」 声のトーンを落としてそう言いながら、その人は倒れた大人の目の前に小さな筒を二個並べる。どちらも上にピンがしてあり、まだ起爆作業を行っていない状態だ。
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