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「何を描いているの」
信じられなかったが声が出た。
その少女が文字通り、虚しい空を見つめていることが不思議でたまらなかったため、質問を投げかけてしまった。
だって空には何もない。本当に何を描いているんだ。
参った。
きっと僕のことを不審に思っている。
見知らぬ大人に話しかけると怪しむのが最近の子供。
それ以前に自然に言葉を発したことが自分で信じられない。
少女はまるで機会仕掛けの人形のようにゆっくりと振り向いた。
しばらく沈黙が続き、鳴り響く雷の音が遠くから聞こえてきたので、僕は立ち去ろうとしたのだが
「虹を描きたいの」
と耳に入った。
なるほどよく見るとスケッチブックにはまだ何も描かれていない。
晴れてから虹を描こうとでも思ったのだろうか。
何かを描いていると思った画用紙は一色も塗られてなかった。
ただ、真っ白な画用紙にふりかかる屋根の影と、雨を降らしている雲の色は似て見えた。
「虹を描きたいなら、きっと僕は部屋に帰らなきゃいけない。い、いきなりゴメンね。じゃあ」
「待って。なんで帰らなきゃいけないの?」
「ぼ、僕は雨男なんだ。だから僕がここにいる間は虹は見れないんだよ」
「どうして見れないの?」
傘の淵からその少女の目が少し覗いた。
すぐに傘を下にずらしたが確かに目が合った。
なんであんなに不思議そうな目で見てきたのだろう。
僕は雲でも空でもないのに。
「虹は晴れないと見れないでしょ。僕がここにいる限り晴れないんだよ。空は」
「そんなわけないよ!」
睨まれながら言われたような気がした。
「ごめん。でも実際そうなんだ。じゃ、じゃあ僕は行くよ。風邪引かないでね。お互い早く家に帰るべきだよ」
「帰る家…なんて…」
僕はこれから嵐がくると思ったので急いで去った。
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