第百六章 踏み出された一歩

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「エーン中佐に任せる」 「イエッサ」  それは役目だ、エーン中佐が短く承知した。やけに疲れるピクニック、一件目をようやく解放される。  ――ロサ=マリアの教育には気を付けよう。もっとおしとやかな人物を家庭教師にしたいな、今度探してみるか。 ◇  レストランでの会食、同じテーブルにレティシアとロサ=マリア、島にカガメ大統領が座って居る。店ごと借り切っての食事、区画一帯を警戒範囲にして警察と軍が護衛している。 「物々しくてすまんね、いつもこうなんだ」  肩を竦めて自分のせいだとカガメ大統領が謝罪する。 「これくらい当然でしょう。ルワンダが大統領閣下を失いでもしたらまた迷走してしまう、なあエーン」 「素晴らしい警護体制です」  島の後ろに立っているエーン中佐がしきりに感心していた、こいつは本気だ。いつか真似てやろうと覚えておこうとしているのがわかる。  ――やれやれ、まあそれが生きがいって言うんだから仕方ない。  大統領と目を合わせてつい笑ってしまう。だが実際カガメを失えばルワンダは分裂して抗争一直線だろう。 「最近反体制派がまた忙しそうにしているよ」  それが何らかの要請だとすぐに気づく。ジェノシデールの一派だけが敵ではない、凡そ味方でなければどこかしらで対立しているのだ。 「非合法な集団でしょうか」  政治結社あたりではないのは解っている、だが間違ってはいけないのだ。 「どこまでが合法かを審査するために、何千の命が消えるよ」  確証はない、だからと私怨でそのようなことを漏らす人物でもない。 「自分が引き受けます」  頼られたら否とは言わない。昔からそんな生きざまをしてきて、今やアフリカの奥地で亡命生活だ。だが一度足りとて下した決断を後悔したことはない、これからもだとそのつもりでいる。 「ルワンダの急成長を快く思っていない、地方の豪族らだ。中心人物が誰かは解っていないよ」  経済が成長すると格差が縮まる。当然例外はあるが、簡単に言えば貨幣価値が半分になれば蓄財していたモノは価値が失われる。一方で持たざるものは影響が比較したら少ない。 「政府の情報窓口をお聞かせ下さい」 「大統領補佐官に、事情は説明しておく」 「承知致しました」  大層な大事を終わらせるとレティシアが口を開く。律儀に待っていてくれたのだろう。 「首都の陸軍司令官、簡単に転んだぞ。しっかりと躾ておけ、あんたの仕事だろ」  一国の元首相手に何を言うかと思いきや、クーデターすら圏内だと教えてやっていた。 「はっはっはっ、これは手厳しい。耳が痛い程によい薬としましょう」  彼の一族を軍から離して、政府系の審議官などに栄転させるなどの対策をその場で約束した。裏切るよりなついた方が得ならば、きっとそちらを選ぶはずだと。 「実際のところ首都の防備はいかがで?」 「機甲部隊の忠誠だけは握っている。他は司令官らを通して間接的にだね」  それが組織だ、急所だけを押さえて納得しなければ独裁国家になってしまう。かといって一朝事あればフォートスターからチンタラ陸路を行ってなどいたら、政権など簡単に覆っていることもある。 「もし閣下がお許し下さいますなら、クァトロの一部を首都で訓練させたいのですが」  彼の目を見て申し出る、島を敵とみなすならばそれは喉元に突き付けられたあいくちになるが、味方ならば一枚盾が増えることになる。 「本当に良い買い物をしたよ。分屯地を用意する」  笑顔でそれを受け入れた、今度は島が忠誠を示す番になる。  ――あまり仰々しくてはいかんぞ、かといって少なければ意味がない。責任者を誰にするかも考えねばならん。  首都で駐屯するのだ、フォートスターには簡単に戻れない。独自の判断で部隊を動かすような切迫した事態も想定される。クァトロが命令に従う人物、そしてフォートスターの戦力が下がりすぎないことが条件。 「駐屯指揮官にバスター大尉、サイード少尉とレオポルド少尉を置きます。少尉らを士官学校に編入させていただきたく思います」  滞在している理由になると同時に、マリー中佐からの上申を思い出したからだ。戦力は下がるが、ストーン少尉が思いの他に優秀だったので心配は少ない。 「校長に連絡しておこう。どこの国籍だろうか」 「サイード少尉はエジプト、レオポルド少尉は無国籍でして。コンゴ生まれのベルギー系ルワンダ人」  難民の中から見付けた、コンゴでの活動に軽く触れておく。経歴も添えて。 「本人が良ければルワンダ国籍を認めよう。その話しぶりならば、君が持ち掛けた時点で快諾するだろうがね」 「ありがとうございます、大統領閣下」  様々なパズルを組み合わせて一本筋を通す。情報は生き物だ、さっきまで有効だったものが今は無駄になることなど日常茶飯事。逆もまた然り。  有意義かつ極めてスリリングな会食を終える。ここ十数年、やたらと高位の人物とよく話しているなと実感した。かくいう島も高官ではあるが、どうしても成り上がりとの自意識が強い。 「他にリクエストがあれば聞くよ」  一番大切な何かをこなしてしまい、後はやってもやらなくてもだ。 「ロサ=マリアが疲れたようだからホテルに行く。お前は好きにしろ」  放送局あたりに用事があるんだろ。ずばり指摘されてしまい苦笑いする。全てお見通しなのだ、顔を合わせたくはない、そういう気分になる相手だとわかり回避している。  ロサ=マリアに口付けし、次いでレティシアにもそうした。 「ああ、行ってくるよ」 「ふん、さっさと行け」  それだけ言って黙ってしまう。家庭の平和を取り戻した島は、アフリカの平和を改善するためにフランス放送局へ向かうことにする。  報道は武器だ。中には耳にした内容を鵜呑みにする者が居る、第三者の言葉は信じられやすい。心理学者が詳しい、ふとルッテの顔が浮かんでしまった。  ――父親だけでなく、娘までか。 ◇  司令室、開け放たれたドアの傍でキール曹長が足を止めて俯いているのをハマダ中尉が見て声を掛けた。 「どうかしたかキール曹長」 「中尉殿、いえ……」  明らかに何でもないというわけでは無さそうだ。訳アリだなと自身の部屋へ来るようにと誘う。二人きりで座って何があったかを優しく問う。 「俺が聞いたことはお前が望まない限り秘密にする、約束しよう」  将校が約束したらそれは守られる、不利になろうと絶対だ。クァトロで島を見知っている部員ならばその言葉が信用出来る誓いだと解っていた。 「自分の故郷は南スーダンなのですが、久方ぶりに連絡を取ってみると、妹が誘拐されたと聞きました」 「誘拐? 詳しく聞かせてもらえるだろうか」  ただ事ではない。アフリカでは良くある話だが、当事者にとってはそれで終わらせるわけに行かないだろう。どうして司令室前で立ち止まっていたか、彼の気持ちを汲み取ろうと姿勢を正す。 「南スーダンでもコンゴよりの地方なのですが、中学校に登校していたところ、武装集団がやって来て生徒を丸ごと誘拐していったそうです」 「武装集団が何者かはわかるか?」 「赤黒青の旗を持っていたようで、神の抵抗軍だと後に判明しました」  思いつめた表情のキール曹長、同僚のキラク軍曹も同郷だったはずだと思い出す。戦闘部隊の先任下士官が二人、それも自身の部隊の男が苦しんでいる。 「貴官はどうしたい」  真っ向瞳を覗いて問う。その答えによってはハマダ中尉も力を貸してやるつもりだ。 「妹を助けたいです」 「解った。俺も行く、司令に話をしてみよう」  肩に手をやって立たせると、自らが前を歩いて司令室へとやって来る。ノックをして中へ入った。 「ハマダ中尉です、司令」 「部隊の報告か」  二人の組み合わせをチラッとみて簡単に済まそうとしたが、キール曹長の表情が冴えないのに気づいてデスクから意識を正面に向ける。 「司令、南スーダンで神の抵抗軍による集団誘拐が起きました。中学校の生徒が丸ごと拉致され、その中にキール曹長の妹も混ざっています。彼の妹を助けたく思います」  いつも控えめなハマダ中尉がはっきりとした意志を示した、マリー中佐はそれを受け止めなければならない。 「キール曹長、お前から直接聞きたい」  経緯はわかった、だが本人の意思を確認する。彼は一歩進み出ると口を開く。 「マリー中佐殿、妹を救出するために部隊を抜けさせて下さい」  不安定な気持ちのまま部隊を指揮することは危険だと除隊を申し出てくる。決意の程が伝わってきた。隣に島が居れば判断を仰げばよい、だが今は目の前でことが起きている。マリー中佐は己の意志で決断を下す。 「除隊申請を却下する」  キール曹長が渋い顔をした、そのまま脱走でもするのではないかというほどに。ハマダ中尉もマリー中佐をじっともの言いたげに見詰める。 「神の抵抗軍への諜報をコロラド先任上級曹長に命じておく、中尉はいつでも部隊を動かせるように準備しておけ。ボスならきっとそう言うはずだ、賭けても良いぞ」  微笑を浮かべて二人への回答とした。 「イエス ルテナンカーネル!」 「キール曹長、貴官は南スーダンへ行って現地で情報収集だ。キラク軍曹も連れて行け」 「ラジャ!」  退室する二人を見送り、一先ずロマノフスキー大佐に相談してみようと席を立った。 ◇ 「ちょっと良いですかね大佐」  南の要塞、副司令官執務室へやって来ると椅子でふんぞり返っている彼を見つけた。 「なんだ手ぶらか、気が利かない奴だな」  にやけながらもこっちへ来いよ、と招き入れる。わざわざやって来るのだ、大切な用事があるのを察する。若者が悩んでいたら、それを聞いてやるのが年寄の務めだ。 「南スーダンで中学生集団誘拐の悪い奴等が居ましてね、うちのキール曹長の妹がさらわれました。それを取り戻すために部隊を動かそうと考えています」 「そうか。こっちを留守にするわけにも行くまい、俺が残る」  笑顔で方針を認めてやる。自主独立の精神は大事にすべきだ、やりたいことがあるならばそうさせる。いくばくかマリー中佐の表情も和らぐ。 「いきなりでご迷惑を掛けます」 「後輩は迷惑を掛けるのが仕事だ、お前も先達の仲間入りだな」  軽口はさておき、南スーダンからウガンダへ侵入する手筈を考えなければならない。ウガンダ軍の反応も含めて、どうやるかを。 「地域情報か、ボスにちょっくら聞いてみるとするか。作戦概要はその後だな」  上官と気軽に連絡を取れる間柄、それが凶と出る時もあるが今回はそうではない。二度コールすると島が応じた。 「どうした兄弟」 「いえね、後進の意見が上がりまして。ウガンダの神の抵抗軍がおいたをしたので若い奴が作戦したいと。現地の情報に詳しい人物はいないでしょうか」 「ふむ。マグロウ国連高等難民副弁務官が詳しいだろうな」 「連絡を付けられますか?」 「問題ない、目の前に居るんだこれが」 「なるほど、これもアッラーの思し召しって奴ですか。そちらへ向わせますが良いでしょうか」 「……協力してくれるって話だ。俺はウガンダ政府に話をしてみよう、悪いことじゃないからな」 「お願いしましょう」  通話を終えてマリー中佐に視線を向けて「キガリへはお前が行け」即座にヘリでだ、と命令する。 「はい、行ってきます!」  全てを認められて足取りも軽い。キール曹長一人の悩みがいつしか政府や国連を巻き込んでの大事にと波打っていく。クァトロ部隊が居なくなっては統制に欠ける、そう思っている矢先、フォートスターにとある黒人集団がやって来た。 「首領の命令でやって来た、族長ゾネットだ」 ◇  コロラド先任上級曹長、リベンゲの情報によるとアチョリ族の反乱拠点のひとつグルーという地方首都へ向けて移動中で、パウェルという町まで拉致した者を歩かせているようだ。キール曹長とキラク軍曹はパウェル北五十キロ、南スーダン国境ギリギリの町、ニミュールまでの通行を確保し、そこへ故郷の男衆を待機させていた。  島の働きかけで、カガメ大統領がウガンダのムセベニ大統領へ話を持ちかける。すると快く活動を了承してくれた。だがそれには三つの背景があった、一つは神の抵抗軍が元より反対勢力として厄介だったこと。二つ目は彼の支持者層にルワンダ系が多かったこと。三つ目は彼の出身地がソフィア周辺だったことだ。フォートスターとキャトルエトワールの活躍は既に耳に入っていたのだ。 「舞台は揃った、後は俺が実戦でミスをしないことだ!」  マリー中佐がフォートスターから抜いていった将校は二人、ハマダ中尉とドゥリー中尉。当然ビダ先任上級曹長も連れているが、今回はフィル先任上級曹長も連れて来ていた、言語面で必要なのと、キール曹長とキラク軍曹が故郷の男達を指揮する為に。 「司令、キカラ民兵団百、指揮下に加わります!」  キール曹長が指揮官となって子供をさらわれた父親や兄らが小銃を手にしている。戦いの素人だが、特殊な事情が思い出された。クァトロが残した施設と訓練メニューの一部、防衛訓練を繰り返し行ってきた背景があった。 「承認する。パウェルとここの中間、アティアクの町にまでいけば敵に情報が筒抜けになるだろう、速さの勝負だ」  敵性地域なのだ、すぐにでも察知されれば逃げられるし、何より人質にでもされたら最悪だ。キカラ民兵が戦意を失うのは目に見えている。 「あと二時間とせずに暗闇になります。子供を救出するならば暗夜のほうが良いのでは?」  ドゥリー中尉が接触想定時刻から逆算して移動開始することを提案する。道がどうなっているか、そもそもちゃんと予定通りにたどり着けるのかの判断が難しい。 「道案内が可能な者はいるか」 「我等が!」  キカラ民兵から五人が名乗り出る、運転も可能とのことで彼らを主軸にして移動することを決める。五十キロ、それでは一時間待ってから出かけるべきかと言われるとノーだ。 「キラク軍曹、先頭を行け。ハマダ中尉の隊が前衛だ、中軍はキール曹長と司令部、ドゥリー中尉が後衛、すぐに出るぞ!」  公道でも穴だらけ、暗くなる前に進まねば精々が時速三十キロもだせれば良いほうなのだ。国境を何事も無かったかのように越える、警備隊が居るわけでもないので本当に何も無い。  黄土色の踏み固められただけの道。幅も十メートルあるかどうか、二列で進むと対向車が来たら困ってしまう。ぽつりぽつりと背の高い木が生えていて、道の側に家がまばらに建っている、ただそれだけの土地。そんな小さな集落のようなところでにも、必ずモスクはあった。 「パウェルの標識を確認!」  空が突然真っ暗になった。数百人の子供が居るからと街で一泊するようなやからではない、いけるところまで歩かせているはずだ。二時間前にここに居たなら五キロやそこらは先に行っていると想像する。アフリカ修正を入れるとするならば八キロは行っているかもしれない。  あちこちから集めてきたトラックや乗用車をきしませて、集団はそのままパウェルを素通りする。ヘッドライトを点けずにいるものだから、極端に速度が低下する、それでも気づかれるよりはマシだと我慢した。 「前方に焚き火らしきゆらめきを確認!」 「全車停止! キラク軍曹、斥候だ」 「イエッサ」  クァトロ兵五人のみを連れて何かを調べる為に徒歩で近付く。丘陵の起伏を利用して接近、焚き火が多数あり武装兵が居るのを視認した。近くには縄で繋がれた子供達、目標だと確信する。兵を一人走らせて自身は監視を継続する。 「子供を逃がす為にどうするか、だな……」  強襲するにしても気を逸らす手立てが欲しい、何か利用出来ないかと悩んでいると鶏の鳴き声らしきものが聞こえたような気がした。 「養鶏場?」  その呟きに傍にいたキール曹長が回答する。 「家庭で鶏などを飼っているのです。複数囲っているはずですが」 「もし鶏が多数そこらを歩き回っていたらどうする?」 「それは、捕まえようとするでしょう」  マリー中佐が頷いた、キール曹長は大至急近隣の家から鶏を集めるようにと命指示する。タダで渡せとは言えない、家畜は貴重品なのだ。クァトロ兵に緊急事態だと前置きして、小銭を差し出すように命じる、それらをキカラの男達に預けた。  三十分もするとかなりの数の鶏が集められた、ドルと交換出来ると知ると住民も喜んで差し出してくれた。街に買いに行けば三倍の数を手に入れられるからだ。 「キール曹長、そいつを使って奴等の気を引け。ハマダ中尉、狙撃手を左右に配備だ。ドゥリー中尉、突入して子供を誘導しろ」  大雑把な指示だがそれで充分だ、長年戦争をしてきた仲間なので意志の疎通は出来ている。  夜目が利くやつを特に選び出して部隊を二つに分けた、残りをドゥリー中尉に託すと合図を待つ。  一キロ程の距離を二十分掛けて兵を伏せさせる、相手は気づかずに食事をしている真っ最中だ。  男二人が鶏の群れを連れて近付いていく、行商人の振りをしてキカラの男が声を掛けた。手にしていた縄を誤って離してしまったことで鶏が逃げ惑う。  大笑いしている神の抵抗軍兵だが、捕まえたら自分のものになると気づくと食事を中断して追い掛け回し始めた。  それを見てキールらも鶏を自由にしてやる、いつしかお祭り騒ぎになり子供らの監視もお宝争奪に参加してしまった。 「撃て!」  ハマダ中尉の判断で狙撃が行われた。同時にドゥリー中尉の部隊が子供達の保護に走る。 「て、敵襲!」  数名が撃たれてようやくそんな声が聞こえ始めた。慌てて銃が置いてある場所へ駆け戻って応戦をする、だが誰が敵なのかまでわかる者は居なかった。  子供達が逃げ出したのを見て叫ぶ、だがクァトロ兵が割って入った。 「足止めしろ!」  わけもわからずに手を引かれて子供達が走る、アラビア語で誰だと尋ねても全然通じないのだ。  たまに理解する者が居て「味方だ」とだけ教えてやると、それを復唱した。  大きく迂回するとそこへキカラの男衆の半数がやって来て、子供達を保護する。中には娘や息子と再会出来た者が居たらしく、喜びの声を上げていた。 「止まるな、走れ! クァトロは敵と交戦しつつ後退するぞ!」  ドゥリー中尉は戦列を組んで敵を漏らすまいと指揮を始める、それを見てハマダ中尉も薄く広く展開してじりじりと後退しながら銃撃戦を繰り広げる。  本部にあるトラックに子供を無理やりに乗せる。最初から定員オーバーすることはわかっていたが、車が足りなかったのだから仕方ない。ではどうするか、答えは決まっている。 「全軍離脱開始、ドゥリー中尉が殿だ!」  マリー中佐の命令でトラックを中心にして徒歩の民兵が囲む。少ない数の車両にハマダ中尉らが乗車、機動戦力として扱い徒歩の集団を護衛して北へ移動する。ドゥリー中尉はいつでも乗車出来るようにしながら交戦を継続、可能な限りここで足止めすることを選択した。 「パウェル付近に武装集団を確認!」 「ハマダ中尉、蹴散らせ!」 「アンダースタン!」  機械化歩兵が銃撃しながら武装集団へ向けて車を走らせる、警告も誰何もすっとばしてだ。 「キール曹長、街を通過するぞ。キカラ民兵団、トラックを守れ!」 「オフコース! ドゥ!」  不揃いな武器を手に散開したまま動く相手に牽制で発砲を続けてトラックが大通りを進む。無法者と呼ばれても仕方ない、彼らは家族を守る為に必死なのだ。  いつしか後衛にドゥリー中尉の部隊も追いついてきた。機動力を駆使して周辺の敵らしき姿に銃撃を繰り返す。  アティアク、ビビアと同じように抜けて国境付近にまでやって来る。するとそこには居なかったはずのウガンダ国境警備軍が検問を張っていた。マリー中佐が渋い顔をする。 「止まれ!」  少佐の階級章をつけた大男がトラックを囲んでいる民兵を見咎める。彼らを守るように黒服の兵が並ぶ、マリー中佐が進み出た。 「見ての通り、南スーダンへ帰る最中だ。そこを通してもらいたい」  戦っても勝つだろうが、キカラの者達に多大な犠牲が出てしまう恐れがある。相手は正規兵なのだ。 「君たちはどこの誰だね」  威圧的に問う、職務質問の類だ。マリー中佐は島が話を通すと言っていたのを信じて名乗る。 「キャトルエトワールのマリー中佐だ」  少佐は目を細めてマリー中佐と黒服をなめるように見た。左腕に四ツ星の刺繍がある将校、下士官が数名。 「ルウィゲマ少佐であります。どうぞお通り下さい!」  検問の兵士が捧げ筒で敬意を表する。あまりにも素直な態度に理由を尋ねた。 「随分と物分りが良いが」 「自分はムセベニ大統領の副官であったルウィゲマ副総司令官の甥でして。もう一人の副官とも懇意にさせていただいております」 「もう一人?」    マリー中佐は勉強不足だった、急に決まった作戦で準備が出来なかったことが原因ではあるが。 「無論、カガメ大統領です。お二人が承知ならば、自分は喜んでここをお通し致します」  ムセベニがまだ革命勢力だった頃、カガメとルウィゲマが副官として部隊を指揮していたのだ。それが今や隣国の大統領と大臣だ、国家としては色々軋轢もあるが、個人の絆は別口である。 「済まない、旅券を提示している暇は無さそうだ」  追撃して来る集団が居ると報告が上げられた。どうやら兵を糾合して子供達を奪還しようと企んでいるようだ。 「ここはお任せ下さい。あれを鎮めるのが本来任務なので」  検問をすぐに通過下さい、道を開けていくようにと急かされる。 「全軍移動だ、国境を越えるぞ! ルウィゲマ少佐、頼んだ」  まさかの展開、島の口利きに感謝しながらトラックを走らせる。後ろで銃撃音がしたが停まらないように重ねて命じた。そのまま暗夜の道をキカラへ向けて走り続ける。夜が明ける頃、ようやく集落へたどり着いた。そこでは住民総出で皆を迎えてくれた、名主が代表して感謝を述べる。 「我等の息子等を助けていただきありがとう御座います。無事に戻ってこられるとは……」 「キール曹長とキラク軍曹が努力したのが大です。彼らは今までも多大な活躍をしてくれました」  事実、彼らは部隊に大きく貢献している。クァトロナンバーズとして島と心を通わせている事実もある、左腕には四ツ星が刺繍されていた。今回の一件で、ムダダの家格と並ぶか上になるのはまず間違い無さそうだ。 「郷の若者がそのような評価を受けているとは……」  名主が感慨深く昔を思い出す。キャトルエトワールなる不審集団がやってきた時には寄り合いで大揉めしたものだ。一頻りやり取りを終えると部隊が整列する。 「キャトルエトワールはキシワ将軍の名の下に、悪を許しはしないでしょう」 「見所ある者をお連れ下さい。我等キカラの者はキシワ将軍を頂くと決めました」  五人の若者が進み出る、どれもこれも精悍な顔つきをしていた。 「キール曹長、お前に預ける」 「イエッサー!」 「ではこれで。この軍旗をお渡し致します」  黒地に四ツ星のものを手渡すと踵を返す、マリー中佐に従い全員が乗車、空港へと進路を取る。彼らにはその姿が神兵そのものに見えた、信じる神が身近に居るのを感じたからだった。
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