第百七章 その手に掴む幻

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第百七章 その手に掴む幻

◇  フォートスターに帰還するもすぐにコンゴへと出張するマリー中佐、国連キャンプへ行ってしまう。このところ爆発的に人口が増加を始めていた、理由は簡単だ、例によって無料の医療団が展開しているからだ。  ドクターシーリネンが昼夜を問わず病院を開放し、その噂を聞きつけた貧困層や難民が大挙して押し寄せて来ている。誰一人として拒まない態度がルワンダの端に突如都市を出現させた。 「おいブッフバルト、外郭の増築一ヶ月早めるって?」  相変わらず都市責任者はブッフバルト少佐だ。彼の下にはドイツ周辺からの経験者が列なっている、オッフェンバッハ財閥の管理下で。 「ヤー。溢れてからでは区画整理に支障をきたします」  面白い答えを期待しても無駄だとわかってはいても、そのうち引き出したいと考えているようで、ロマノフスキー大佐はたった一度の奇跡を待っていた。 「ルワンダ・フランとドルの両建てか」 「金を流通させ、生活力を与えます。仕事さえあれば皆が働こうとし、それが都市の発展を加速させます」  目に見える何があるのとないとでは結果が大きく違う、解るような解らないような。 「美人妻の内助の功か。お前もマリーもボスも、どうして一人に括っちまうかね」  クリスティーヌ・オッフェンバッハ・ブッフバルト。ドイツオッフェンバッハ財閥の総領、父親はベッケンバウアー家の当主、ヴェストファーレンの名士だ。連れ子であるシャルロットはドイツに置いて来ている、島が提案した日本企業のフロント、それを彼女の財閥が担当している。 「最高のパートナーが居るだけで人生が彩られます」 「誰が最高かわからんだろうに」  どうなんだ、と意地悪をする。だが珍しく反論してきた。 「解るんですよ夫婦には。ボスだって絶対にそう仰いますよ」 「うーむ」  そういわれては仕方ない、確かに島にはレティシア以上の妻は居なさそうな気がした。だがスラヤもニムも同等で劣りはしない、今は亡き二人にもきっちり敬意を表する。 「日本のキャトルエトワール、順調に地固めしています」  松涛に帝国第四警備保障、ホテル・フォーポイントスター、輸入雑貨キャトルエトワール、そして松涛第二学園。特別区を形成して島の実家を警護するという目的を果たしていた。 「名代がなんていったか」 「フラウ・ベッケンバウアー。妻の従姉妹です」  松涛第二学園理事長は佐伯冴子、島の学生時代の恋人が就任した。故郷とのつながりを保ちたい、島が望んだことがこのような形に落ち着いたのだ。精神の安定を保つ為の努力は周囲が行う、側近の務めだ。  仕事があるので失礼します、部屋を出て行ってしまう。デスクには副官業務の書類が綺麗に揃えて置かれていた。 「ドイツ人はどうしてこうなんだろうな」  きっちりとやることをやっているのに何故か愚痴を漏らす。要塞から将校が三人離れた、島の指示でキガリへ駐留することになった者達だ。尉官が少なくいびつな状態になったと感じた、ならばそれを解決するのがロマノフスキー大佐の仕事だろう。三日月島の将校連中、一般部隊の指揮官からリクルートしてやろうと資料を手にする。 「グレゴリー中尉は確定だな、もう二三人か、さてどいつを引き上げたものか」  傍においてみてダメだったとは行かない、様々な秘密を知ってから放り出すのは決して利口なやりかたではない。下士官にまで範囲を広げてみたが、どうにも判別がつかないので唸る。 「俺も昇進しすぎたわけか、やれやれだ」 ◇  フォートスターの司令官室へ戻ってきた島は報告書を眺めていた。留守の間に色々とあったようだが概ね処理済で現在の懸案事項は少ない。 「街の拡張工事の前倒しか、発展の代価はいつか支払う必要があるな」  自由にやらせておこうと書類を決裁済の箱へと入れてしまう。ウガンダでの作戦、損害も殆ど無く執行出来た様で、簡潔な報告書にまとまっていた。隣室からサルミエ大尉を呼び出す。 「大尉、緊急時に軽車両を輸送可能な航空パッケージを提出するようにシュトラウス少佐に命じておけ」 「ダコール」  キカラで大分調達出来ていたようなので問題は少なかったが、もし自力で作戦することがあれば車両不足を解決出来ないと判断した。ハードの不足は島の守備範囲になる。  ――松涛特別区の進捗か。冴子が理事長とはね、俺としては嬉しいがあっちは複雑な気分だろうな。  匿名の寄付ということで母校の学費や学食への基金を積んでやった、せめてのびのび勉強出来る様に。冴子には生徒の意志を最大限に尊重してやって欲しいと伝えてある。一之瀬達也、エーン中佐の指名で彼に帝国第四警備保障を統括させることもした、一帯の警備を任せている。  複数の民兵団が並列している、その序列制定の申請が出されている。マリー中佐の階級不足と共に、トゥツァ少佐を始めとする兵員の過剰保有が原因だ。上手いこと収まらずに四苦八苦しているようだった。  ――うーん、兵員でもあり住民でもある。そりゃ多数にもなる。かといって俺はマリーの他に部隊の統率者を並べるつもりはない。  クァトロの基幹部隊、クァトロ戦闘団は二百人程度に増えていた。それは問題ない、コンゴからンダガク族兵、ブカヴ民兵団、キベガ族、コンゴ難民を集めたコンゴ民兵団、ルワンダではフォートスター民兵団、後発のルワンダ民兵団、ウガンダのソフィア自警団。ついでに言えばエーン中佐のレバノンプレトリアス親衛隊、アヌンバプレトリアス親衛隊、レバノンガーディアンズなども別系統の部隊として数えられている。  島の経済力を背景にした給与支払い能力のお陰で兵や装備に困ってはいない、それが逆に指揮を圧迫しているとは皮肉なものだ。だが欲しくなってから慌てて集めるようでは話にならない。  ――ロマノフスキーを現場から退げた、俺の代わりを務められるやつを業務で拘束するわけにはいかんからな!  より戦略的な視点からマリー中佐に負担を強いている、自分が同じ歳の頃にはニカラグアで革命勢力を率いていた、ならば出来るはずだと目を瞑る。  ――俺はマリーを信じて全てを預ける、それを布告してやるとしよう。  保留の箱に書類を入れておく、後はどれもこれも決裁済にまとめて放り込んだ。海外情報の更新も忘れずに頭に入れておく、自分がルワンダから出られないからと知らなくて良くなるわけではない。  ――ワリーフは元気でやっているだろうか。  リリアン・オズワルトとの新婚生活、お祝いしてやろうと贈り物をしたのを最後に声すら聞いていない。関われば迷惑を掛ける可能性もある、今は幸福を祈るだけに留めた。  ――あまりにも多くの何かを得すぎた、失うのがこうも恐ろしいとはな。  物ならばどうでも良いが、関わる人間がこうも増えてしまった。全てが大切で誰一人失いたくない、わがままであり、無理を言っているのは承知しているが、それでも諦めきれない。 「エーン中佐、明日広場に主要な者を集めろ」 「ダコール」  まずは後輩の背を押してやろうと決める。一番苦労しているだろうから。 ◇  珍しくドクターシーリネンまで含めた主要な人物が全て要塞の内庭に集められた。島直下の者達は内城、島の前に左右に別れて並んでいる、その他の都市関係責任者や民兵団指揮官は内庭に整列している。何らかの重大発表があるのは明白だ。 「イーリヤ少将に敬礼!」  キシワ将軍ではなくイーリヤで呼称する、その微妙な立ち位置の違いを理解できる幹部のみがここに居られると認識してだ。初めて島を見る者も混ざっているが混乱は無い、注目が集まるのを待ってから口を開く。 「フォートスターの発展が目覚しく、集まった人や物は初期に比べ桁違いになっている。ここに改めて知らしめておくことがある。マリー中佐、エーン中佐、ブッフバルト少佐、前へ!」  事前に何も知らされていない三人だが、列を抜けると胸を張って眼前に並ぶ。揃って敬礼して言葉を待つ。 「ブッフバルト少佐、貴官を監督官から都市管理総責任者へ変更する。フォートスターに依拠する悉くを掌握せよ」 「ヤボール!」  運営、管理、建設、政治、議会、様々なものをひっくるめて彼に預けてしまう。とても少佐のするような仕事ではない。 「エーン中佐、貴官を監察官に任じる。都市、軍、住民、資金、法務あらゆる事柄に対する独自の監査権限を与える」 「ヤ!」  今までは島の代理として権限を付与していただけだが、独立した権限を与えた。これでエーン中佐の判断のみで全てを執行可能だ、島の権限を委譲した形になる。 「マリー中佐、貴官をクァトロ戦闘団司令とし、全民兵団の指揮を預ける。同時に司令官代理の権限を付与する」 「ウィ モン・ジェネラル!」 「平時はマリー中佐を頂点とし全てを執行する、中佐の命令は俺の命令と同義だ、覚えておけ!」  兵への指揮権、そこへきて任免権に処罰の執行権限、査定評価まで全ての権限を与えてしまう。ロマノフスキーの副司令官権限とどちらが強いか判断に迷う部分も出てくるだろう。以上、解散。クァトロ部員を残して皆が去っていく。 「お前達にはもう一つある」  十数人、島の側近クァトロナンバーズにだけ限り内容を内々に知らせる。 「エーン中佐に一号命令の発令権限を与える」  それが何なのか、端的に説明が加えられた。  マリー中佐は平時に全てを執行する、そう前置きがあったように、緊急時に指揮系統が切り替えられるようにとの配慮だ。  エーン中佐がそうすべきだと感じた際に一号命令が発令されると、全将兵への命令権限が彼に切り替えられる。これはマリー中佐の反乱を危惧した為ではなく、全ての汚名を彼が被って全力対応しなければならない事態、即ち島に危険が迫った時の切り札として設置された。  時間、場所、状況、手法、全てを脇に置いて執行される最優先命令。  解決された後に全責任を負って退場するのはマリー中佐ではなくエーン中佐、そういう仕組みだ。島の心を汲み取ったエーン中佐が申し出て、島がそれを承認した。 「自分が為すべきを遂行致します」  ロマノフスキー大佐は島の控えだが、マリー中佐は次の司令官候補、エーン中佐は島の補佐、はっきりとそう道行が決められた瞬間だ。  そういう意味ではブッフバルト少佐がマリー中佐の司令官就任時に控え役をする、そういう位置を認められたとも取れる。が、それを決めるのはマリー中佐だ。 「お前なら出来るさマリー」  緊張している後輩に笑みを向ける、買い被りではない、それは暫く後にいずれ証明される。 ◇  キャトルエトワールに連なる難民が数ヵ月で二万人を超えた。食料自給率は皆無、一大消費地になっている。空輸ではコストが掛かりすぎるが、それでも空港も並行して利用していた。  シュトラウス少佐からの報告で、輸送機を数機購入することに決めた。ヨーロッパから移動する際に、医薬品や装備も満載してきたのはヒンデンブルグの商人としての柔軟さも表していた。 「マリー、このあたりに畑や牧場を作らせる」  ブッフバルト少佐が街の南西部、だだっ広い荒野を指して告げた。何もないのだ誰がどうしようとさして気にはならない。  市域を拡大した暁には警備も関係してくるので、予め話をしにきている。 「防壁を作って囲うか。土を固めてってだけなら誰でも働けるしな」  仕事を作る、それが役目だ。今まではいかにそれを割り振るなりして減らすかに頭を使っていたが、立場が変われば考え方がこうまで違うかと感心している。 「俺が言うようなことでもないが、専任護衛や副官も要るんじゃないか」  今までは部隊から兼務させたり、事務は自力でこなしていた、それも確かに限界だろう。 「まあな、そうしてみるか」  忠告を素直に受け入れておく、自分のためを想って言ってくれているのを感じたからだ。 「グレゴリー中尉を本部に引き上げる予定がある、配属先を探していたところだ」  副司令官副官が内情を暴露する。三日月島に居たときに、マリー中佐の補佐についていたのを思い出した。 「あいつはきっちりと意見してくる、丁度良さそうだ」  肩を竦めて問題解決を認めた、お互いの未決事項が減ったのを祝う。敢えて別部署に彼らを置いている配慮が憎らしい、人事とは深い。 「キール曹長の件、お前のところは大丈夫なんだろうな」  家族をベルギーに残してきている、もう暫く帰郷していない。妻が要塞に居るブッフバルト少佐には同じ内容で反論不能だった。 「ま、手紙の返事を見て判断するよ」  今週中に折り返しが来るだろう、軽く考えている。やらねばならないことが山とあるのだ。何と無くだが、エーン中佐が松濤に警備を置いたりしたのが理解できた瞬間であった。 「そうか。明日の朝一で中尉をやる、あまり根を詰めるなよ」 ◇  それから数日、仕事を全く与えられていなかったロマノフスキー大佐が失業から回復した。マリー中佐が急遽長期休暇に入ったからだ。なるほど島の控えならばマリーのこなす仕事も当然代行可能だった。 「ソフィア自警団、そこを強化するぞ」  唯一域外に拠点がある民兵団を指して方針を示した。マリー中佐は国外だけに控え目だったが、失えば補填できない駒を保護するのは優先されて然るべきだ。  他所様の場所で好き勝手に振る舞う前に下準備をしておく。コロラド先任上級曹長に、地域の有力者連中を抱き込むための情報を仕込ませてあった。 「ソフィアとの橋にルワンダの国境警備隊が検問を設置しました」  多分稼げるだろうと狙い撃ちしてやってきたのだ。正規の権限があるのだから当たり前と言える。 「邪魔くさいな、お前たち名案はないか」  副司令官副官と、司令副官を前にして話を振る。既に答えは決まっているのかも知れないが、後進の育成がでらよりよい案があれば採用するつもりで。唐突な話しに慣れているブッフバルト少佐は良いが、グレゴリー中尉は面食らっていた。 「我等への許可証なりを発行するように要求してみてはいかがなものでしょうか?」  グレゴリー中尉が煩雑、不都合を回避する案を一つ出す。悪くはないがそれは主たる可能性を放棄したもので、確実性が低い。 「お前はどうだ」  良し悪しを口にせずにブッフバルト少佐にも問う。 「国境警備隊にも権利や言い分はあります。一般の者にはそこを通過してもらいます」  通行税、入国審査、表現は様々あるが正規軍の邪魔をするにしてもやり方はある。 「で、一般ではない我等は」 「公道の西側に新たに橋を設置します」  いかにも都市の総責任者らしい素敵な案が飛び出してきた。ロマノフスキー大佐が微笑する。 「その橋に国境警備隊が来たらどうする」 「フォートスター民兵団、マスカントリンク大尉に建設前から駐屯させます」 「更地に駐屯する、書類はお前が処理しておけ。あと長いからマサ大尉と呼称だ」  二人でやっとけ、承認だけ与えて実務を丸投げした。自分が考えていた案とほぼ軸を同じくしていたので機嫌が良い。計画とは並列して行うものだ、二人が退室すると受話器を手にしてどこかに連絡を入れる。 ◇ 「ボス、タンザニアの政府筋からの情報です。ルワンダ民主解放戦線はタンザニア国内で勢力を弱めているようです」  先の襲撃、ラジオミドルアフリカで猛烈に批判報道を繰り返した上に、AFP通信――フランス放送局でも声高にバッシングをしたそうだ。結果、民衆から総スカンを食らってしまい、居場所を失いかけているらしい。 「解り易い構図になったのは、若い奴の努力のお陰だな」  ――これで奴等がタンザニアで一暴れしようものなら犠牲が大きい、これを支援すべきだ。  DFLR、DemocraticFront forthe Liberation of Rwanda。組織名なのか略称なのか、このあたりではこれで通じる。問題はいつどこで虐殺事件が巻き起こるかだ。越境して救援する頃には全てが終わってしまっているだろう。  ――隣国での行動の自由を得る為にどうする。東アフリカ共同体の枠組みを利用出来ないだろうか、カガメ大統領とムセベニ大統領、それにケニアのサイトティ警察・治安大臣に話を通すことが出来れば、タンザニアも信用するかも知れないな。地方の豪族は俺がやらんと目が行き届かんな。  あれもこれもとは行かない、かといって大統領との約束をなおざりになど出来ない。DFLRの対策をロマノフスキー大佐等に任せる、そうすることで同時進行しようと方針を定める。 「手駒が足りんな……」  実働部隊はフォートスターから引き抜くわけには行かない、かといって新たに部隊を作ったとしても指揮官が不足している。いきなり困ってしまい唸る、するとサルミエ大尉がこの前のことを思い出し助言した。 「ボス、ブニェニェジ少将のところから基幹となる部隊を借りてはいかがでしょうか?」 「借りるだって? そういえばレティアにそんなことを言われていたな」  ――アルバイト大募集か、傭兵だと思えば使えるな。なにより大統領命令の遂行だ、立派な仕事だ。  日当や手当てをちゃんと出してやれば国軍の出来上がり、親衛隊は居るし国内の摘発活動ならそれでいいかと納得する。首都で何かあればバスター大尉の分遣隊も招集可能だ、二十人そこそこでしかないが、確実な手駒があるとないでは信頼度で雲泥の差だ。 「サルミエ大尉、カガメ大統領に謁見の申請だ。イーリヤ将軍として正式にな」 「ダコール」  翌日には謁見が叶えられ、その更に翌日には島の目の前に二百人の部隊が整列していた。各地から首都にリクルートされていた手勢、レティシアに呼び出されるのを心待ちにしていた連中だ。 「特別部隊モディ中佐です、閣下!」  任務に忠実、金で能力が数段アップする素敵な集団だ。通常任務は一人年棒三百ドル程度、戦争をするなら一日百ドルで命を投げ出しても構わないと断言する面々、特別任務に際して手当て日当二ドルを貰えるなら喜んで休まず働くと申し出てきた。島の返答はイエスだ、そこへきて続きがあった。 「軍属を募集する、戦闘可能な者は五ドル、支援や諜報のみなら二ドルを支給する。紹介者には一人五ドル、優秀な者は更に上乗せしてやる」  お前達は手当て十ドルを約束してやる。まるでゴールドラッシュ時代にでも迷い込んだかのように沸き上がる。ソマリア傭兵として生き残った者が全員家を建てて、一族の長者になった伝説は本当だったと顔が期待で輝く。一方の島は資産の一握りで不都合を帳消しに出来るとあって双方が良好な関係を築けそうだ。 「上限人数は御座いますか?」 「中佐は何人まで指揮可能だ」  質問を返して規模の目安にしようとする。マリー中佐ならばもう連隊の一つや二つは指揮可能だろう、ロマノフスキー大佐はそれこそ師団でも。 「千人程ならばきっと」 「では上限は八百人だ」  将兵の目が爛々としている、つまりは四千ドルが山分けになる。早いもの勝ちになるのか、能力別になるのか、いずれにせよ沢山紹介してやろうと頭が一杯になっているのが解った。 「条件はフランス語か英語を理解する者だ。まあスペイン語でも構わんがね」  ――今日は仕事にならんだろうな。明日から雇用の処理だ。  解散。そう言葉を残して明日の朝に再度集合、人員の面接も明日から行うと姿を消す。モディ中佐は即刻部隊を散らし、最高の兵を集めろと声を上げた。 「ボス、どのように選別致しましょう」 「特殊な能力を持った者を抽出しろ、それ以外はモディ中佐に預けるんだ。別に上限は気にしなくて構わんぞ、仕事なんていくらでもあるからな」  詳細はお前が決めて良いぞ、副官に多くを預けてホテルへと行ってしまう。エーン中佐もそれについていった。サルミエ大尉はどうしたものかと悩みながらその後を追うのであった。  執務室で受話器を手にして繋がるのを待つ。一応政府の後押しがあるので、不審な相手であっても電話を切られはしなかった。 「誰だね」 「サイトティ大臣閣下、イーリヤです」 「おおっ君か! ルワンダ政府筋と言うから後回しにしてしまったよ、すまない」 「色々とあり、お世話になっていまして」 「聞いたよ、ソマリアの一件は。ケニアに来てくれれば同じ様に客として扱うが」  北東、ジュバランド近辺に居て貰えたら間違いなく治安面で効果が上がる。サイトティ大臣が自らの庇護下に迎えると約束した。 「ルワンダに借りが出来てしまいまして。そのお言葉への礼はいずれ示させて頂きます」 「気長に待つとしよう。してどうしたんだね」 「はい。ルワンダ、タンザニア付近の武装勢力、自分の手勢で対抗したく、タンザニア政府に口利きをしていただけないかと思いまして」 「代償はなんだろうか」 「平和が訪れるならば、何も要りません」 「相変わらずのようだ。海賊が減ったのは君の力だろう、賊退治の話は私から先方の国防大臣に通してやろう」 「ありがとうございます閣下」 「政府としてこんなありがたい申し出は願ってもないからな。だがイーリヤ少将からの話ではいかん」 「ルワンダ政府との扱いにしていただけたら」 「いや違う、東アフリカではキシワ将軍の方が有名でな。前に言っていたな、うちの若い奴等に経験を積ませたい」  死んだら死んだで構わん、そこまでの奴だと言い切る。 「自分で良ければ」 「君が良いんだ。兵卒扱いでもなんでも、何せ鍛えてやって欲しい」 「お預かり致します」 「ルワンダの次はケニアだと期待しておく」  社交辞令だろうか、或いは本気かと思わせるような言葉を残して通話を終える。  ――国家の面子より治安維持か。サイトティ大臣だから、というわけでも無さそうだ。  異様に広い国土、薄い人口密度、少ない予算に人員、悪化する治安。アフリカに概ね共通する懸案事項、もしかすると遊撃軍のようなのは重宝するのかも知れない。大前提がある、それは遊撃軍そのものが狼藉を働かないという部分。  ――厳罰は好きではないが、軍規を厳しく制定運用する必要がありそうだ。 ◇ 「タンザニアの出入り禁止、難しいところだ」  ロマノフスキー大佐は全体を見て弱いヶ所が何かを指摘する。関係が無い場所だからこそ、方向性が定まらない。敵対しているならばいっそそれでやり方はある。  第一次の間引きを行った。選別にかけて最優秀者はクァトロに、次点は各民兵団にだ。不適切な人材はまとめて居てもいなくても構わない、警ら部隊に詰め込んでしまう。 「基本装備は集まった、戦争をするには足らないが、治安維持には過剰だな」  司令官室で一人ぶつぶつと言いながら近い未来を予測する。万全を期すつもりは無い、だが最悪を考えるのは頂点の務めだ。 「失礼します、ボスが戻られます。それと、明日にはマリー中佐も帰還予定で」 「そうか、わかった」  お節介も仕舞いにしよう、ロマノフスキー大佐は時間がかかる仕込みを止めてしまう。今日、明日の運営のみに集中して職務を終える。 「代役はここまでだ。俺も独自にやらねばならん時が来たわけか……」  自由を与えられた。それは己で行動を考える義務を課せられたに等しい。特別な何か、浮かぶ案のどれを実現させようか、微笑を浮かべ椅子に深く座り直すのだった。 ◇  ルワンダ国内はイーリヤ少将が直接、ウガンダ国内は大統領命令で特別に活動の根拠を得た。そして驚くべきことにタンザニア政府は、キャトルエトワールのキシワ将軍に行動の許可を出した。 「俺が居ない間に状況がこうも変わるとはな」  むしろ居て邪魔をしてるんじゃないかと悩んでしまいそうになる。マリー中佐はルワンダ解放民主戦線が、タンザニア北西部に本拠地を置いているのを知った。  ルワンダ領内を南下し、そこからタンザニアに進入、北上してウガンダへ押し出す計画を打ち出す。 「タンザニアからは軍が五十人、ミューロンゴ自警団が二百程参加します」
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