第百七章 その手に掴む幻

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 どうしてそんなことが可能になったのか、グレゴリー中尉は相変わらず首をひねる毎日が続いている。クァトロは規定外の行動が多すぎる、正規軍の頭ではついていけない。 「ソフィアにはフォートスター民兵団を増援、ミューロンゴにはルワンダ民兵団を増援だ」  ソフィアはトゥツァ少佐、ミューロンゴはドゥリー中尉を本部指揮官にする。フォートスターはロマノフスキー大佐が居残り、臨時で各民兵団はブッフバルト少佐が面倒をみることになった。  越境作戦、南スーダンでは地元の協力が得られた上に、奇襲出来たので被害は少なかった。だが今度は状況が違う、動きが察知され対抗手段を用意されている前提での作戦だ。 「マリー中佐、クァトロ戦闘団準備完了」  ビダ先任上級曹長が機械化歩兵部隊を見回して報告する。次席将校はハマダ中尉、前衛はストーン少尉が指揮していた。部隊に入り日は浅い、だがしかし島によりクァトロを認められていたのでマリー中佐も彼を信頼することにした。 「ルワンダ国旗を下ろせ、クァトロ軍旗を掲げろ。俺達はキャトルエトワールの軍勢だ!」  国内移動用に示していた軍旗をしまいこみ、許可された集団の旗を車体に括りつけた。子供騙しの最たるものだが、国際的な活動になくてはならない道具なのもまた事実。  数少ない装甲戦闘車両、それを前衛に配備している。マリー中佐が乗っているのは、通信設備を増設した輸送車両でしかない。 「ミューロンゴにも入城、防衛態勢を整えました」  ドゥリー中尉からの報告をグレゴリー中尉が上げる。全て舞台は整った、後は敵を撃ち破るのみ。 「クァトロ戦闘団、越境するぞ!」  ルワンダ中東部、アカゲラ国立公園の南、イエマ湖付近からタンザニア領に進入、そのまま東へ三十分程直進する。荒地と草原、でこぼこの大地を無理やりに走行した。やがて国道182号が見えきたのでそれに乗り北へ進路を変える。 「前衛ストーン少尉、地元住民の一部がこちらに気づいていますが目だった反応無し」  どこまでが国道なのか良くわからない程に細く荒れた道だ。道の左右にまばらに家があるだけ、未開発地域でこれといった目印もない。北へ走ると次第に背の低い木がぽつぽつと出てくる、それが増えてくると家が減ってきて最後には建物がなくなる。 「集落を発見。通過します」 「北西へ進路をとれ」 「ダコール」  そこを分岐に行き先が大きく変わる、起伏がやや多い地域を走る。畑作地帯が目に付いた、農家がところどころにあり管理をしているようだ。上下左右にうねりながら道を進む、暫く行くとクウェンダの街にたどり着いた。一旦ここで給油をしておく、抱えてきたポリタンクには手をつけずに補給を済ませる。 「ストーン少尉、ケェルワの偵察を行え!」 「ダコール」  そこから十キロほど先の潅木地帯、軽車両のみを抽出し様子を窺う。コロラド先任上級曹長の調べではこのあたりにDFLRの一大拠点があるそうだ、彼がそういうならばまず間違いない。ステップ地帯での部隊運用能力、ストーン少尉の言が真実ならばクァトロでも随一のはずだ。十分ちょっとの偵察で一帯の地形から偽装拠点を炙りだした。 「ストーン少尉より本部、DFLRらしき集団の拠点を確認」 「詳細をハンドディプレイに送れ」  すぐに将校らのそれに大雑把な配置が表示された。緑が濃い丘を中心に警戒線を張っているようで見張りが置かれているようだ。 「ハマダ中尉、公道を迂回して北西に位置しろ。ゴンザレス少尉、南東の前衛だ。ストーン少尉東で待機」  西へ逃げるならルワンダ国内なのでそれでも良かった、北へ追い立てるつもりで火力を集中させる。隠れる場所が少ないのだ、相手も気づいて防衛態勢をとり始める。 「クァトロ戦闘団、攻撃開始だ!」  迫撃砲を皮切りに、三方から射撃が行われる。敵も敏感に反応して反撃を行ってきた。  意外と激しい反撃、数も多い。どうしてそんなにと思っていたら「ムニャガラマ副司令官旗を確認!」前線の兵士が声を上げた。 「当たりを引いたか、ビダ先任上級曹長、専任部隊を一個小隊用意しておけ」 「ヴァヤ」  もし姿を確認出来たら副司令官のみを追撃する部隊を放つ、何せ逃げ足が速い相手が居る、潜伏でもされれば探し出すのは年単位になる恐れがある。硬い防備、厚い弾幕、だが相手がここに集まっていたのには理由があったようで、北側の隙間から部隊が出撃してきた。 「戦闘集団が離脱していきます」 「見逃しておけ、監視だけ貼り付けろ」  多くの部隊に守られて副司令官旗が動く、どうやら拠点を出るつもりのようだ。左右にストーン少尉とハマダ中尉の攻撃を受けながら北へ移動する。 「本部も移動だ、ゴンザレス少尉が後衛を受け持て」 「ヴァヤ」  無人になった拠点に火を放つ、二度とここを使えないようにしてこの場を去る。丘の一部にクァトロ軍旗を突き刺して。 「こちらドゥリー中尉、ミューロンゴが猛攻撃を受けています! 現在防衛中」 「本部マリーだ、誰に攻められている」 「ムピラニヤ司令官旗を確認! 自警団が壊滅状態、住民を避難させ我等が追撃を阻止しています」 「すぐに増援に向う」  入れ違いで攻勢に出ているところだったようで、まずはミューロンゴに報復でといったところだろうか。国道を塞いでいる奴等がいるので移動も滞り気味だ。 「しくじったか、遅滞行動をとられている。あまりにも早い段階で計画が漏れていた可能性があるな……」  思い悩んでも仕方ない、可能な対策をするのみだ。クァトロ戦闘団が増援不能ならばソフィアの機動部隊を動かすしかない。 「戦闘団司令マリー中佐だ、トゥツァ少佐」 「はい、中佐」 「ミューロンゴでドゥリー中尉が苦戦している、そちらから急行するんだ」 「ウィ コンバットコマンダン!」 「本部も増援するが公道を塞がれていて足が遅い、頼むぞ少佐」 「三十分で参戦します」  歯軋りしながら敵軍の殿を睨みつける、明らかにマリー中佐の読みが甘かった。最強の軍が遊兵になっている、失策の極みといえる。 「何をしているんだ俺は!」  車両のドアを拳で叩きつける、ふがいなさに腹が立った。 「ドゥリー中尉、ルワンダ民兵団の被害は甚大、撤退行動に移ります」  いずれ聞く事になるだろうと思っていた言葉が早くも聞こえてきた。民兵なのだ、それを責める事は出来ない。中尉が無事なことを不幸中の幸いと考えるしかない。 「マサ大尉より本部、北西の山岳より伏兵。ソフィアに攻撃を受けている」 「公道にバリケードが! ミューロンゴへの増援は時間を要する」  旗色が良くない、皆がバラバラに動いてしまい劣勢だ。同等の戦力で敗北を喫することなど許されるわけがない。クァトロの歴史でも、そんなことは一度足りとて無かった。 「ハマダ中尉、ストーン少尉、国道の敵を強行突破しろ!」 「ダコール!」  ようやく今になり、無理を押し通すように命令を出す。遅すぎた。いいようにあしらわれて被害を拡大させ、獲られたものは何も無い。目を覆わんばかりの戦果に焦りが出てくる。所詮若造の指揮する軍だと馬鹿にされても仕方ないほどにだ。 「中佐、東より伏兵がちょっかいかけてきてますぜ」 「ビダ頼む」 「お任せを。ムピラニヤ司令官とムニャガラマ副司令官、二つの首さえあれば勝利です」  精神的に追い詰められているのを見て、ビダ先任上級曹長が言葉をかけてくる。はっとして目的を再確認する。 「ビダすまん、寝ぼけていた」 「いえ、では暫し掃除に勤しんできます」  軍曹共、着いて来い! 声を張り上げて二個小隊を引き連れると東の集団へ向けて車を走らせて行く。 「フォートスターのお節介者だ」 「大佐、状況が思わしくありません」 「そうか。ま、こいつは戦争だ、何でもかんでも上手く行くとは限らん。ソフィアにはキベガ族を増援しておいた」 「申し訳ありません」 「そう凹むな。ヘリ部隊もミューロンゴへ飛ばした、多少の役には立つだろう。戦いは始まったばかりだ、邪魔して悪かったな」  そういうとロマノフスキー大佐は通信を切ってしまった。これ以上何か話をしていると、マリー中佐がいたたまれない気持ちになるからと。 「本部も国道の突破に参戦するぞ!」  上手くやろうとするから失敗する、そう考え直し全力でことにあたろうと決めた。号令を聞きつけビダ先任上級曹長が出たばかりなのに本部へ帰還する。伏兵は軍曹に任せてしまい、本部中隊の指揮に戻る為に。 ◇  ミューロンゴの街は煙を上げていた、あちこちに兵士が居て略奪と放火をしては大暴れする。ムピラニヤ司令官は北部、ウガンダの街キカガチへ向けて本部を移動させる。ルワンダ解放民主戦線の実力と恐ろしさを示した、暫くウガンダに潜んでいればカガメ政府も翳りをみせるだろうと。 「ルワンダ民兵団、秩序を保て、味方がすぐにやって来る!」  ドゥリー中尉の激励で何とか全面崩壊することを避けられているが、いつ潰走するかわかったものではない。旗手が倒れて四ツ星の軍旗が地に着いた、下士官に命じてそれを掲げさせる。街を守ると言っていたくせに意気地なく逃げ出す体たらく、そのうえ軍旗を失うなど恥ずかしくて出来ようはずも無い。 「耐えろ、ここが踏ん張りどころだ!」  要になっている中尉を狙って弾丸が飛んでくる、身を低くするが隠れるわけには行かない。将校の務めを果たす為に逃げ出すことは出来ない、兵が一人でも生き残って戦っている限りそれは絶対だ。  西の空から細いシルエットのヘリが飛来する。敵軍目掛けて機銃掃射をするが何せ効果が低い、戦闘ヘリではないのだ。  地上から機関銃で応射する、偶然を伴い弾丸がいくつかヘリの床に突き刺さる。トリスタン大尉が足を負傷した。ヘリのパイロットは足を負傷することが多い、その原因がこれだ。 「大尉、すぐに帰還を!」  クルーが帰投を進言する、だがトリスタン大尉は首を横に振ってそれを却下した。 「積んできた弾丸を全て撃ち切るまでは地上援護を継続する!」  歯を食いしばって痛みに耐える、クルーが鎮痛剤を投与してから機銃掃射に戻る。ここで逃げ帰ればルワンダ民兵団が全滅してしまうからだ。北西にトゥツァ少佐の機動部隊が見えている、もうすぐミューロンゴに辿りつくだろう。コムタック将校通信にモネ大尉が発した。 「ミューロンゴ北にムピラニヤ司令官旗を確認。ウガンダ領へ移動中の模様」  これを取り逃がしては作戦を立てた意味が無い。 「マリー中佐よりトゥツァ少佐、司令官を追え」  ドゥリー中尉が窮地に立たされるのを承知でそう命令を変更する、無論彼もそれを耳にしているはずだ。 「トゥツァ少佐、了解です」  抗議も無ければ異見も出されない、司令の命令が受け入れられる。 「ハマダ中隊、縦深陣に苦戦中!」 「ストーン少尉、一部が突破、しかし孤立」  今まで戦ってきた相手に比べて特段強いわけでは無い、段取りの不味さが足を引っ張る。 「ストーン少尉、公道を離れて追い抜け! ハマダ中尉は公道から外れて支援に回れ。ビダ先任上級曹長、敵を抜くぞ!」 「スィ! 本部の戦闘部隊をお預かりします!」  曹長を一人連れて行く、ビダ先任上級曹長の邪魔にならないように将校を配備しない。武装ジープ分隊が複数飛び出す、先頭はいつものように彼だ。 「ストーン少尉より本部、突出に合わせて側面から制圧射撃を実行します」 「ハマダ中尉より本部、軽装甲車両をビダ先任上級曹長に移管します!」  各自がなすべきことを申告する、マリー中佐は戦術面で負担を軽減された。 「突入するぞ、俺に続け!」  背は低いが胸板がやたらと分厚い男が吠えた。弾丸が飛び交う戦場をものともせず、ぐいぐいと道を進んで行く。西側の荒れ地をストーン少尉の部隊が激しく揺られながらも移動している、遠距離の射撃など当たるはずもない。だが近くを撃たれれば気になるのはやはり皆が同じだ。  ビダ先任上級曹長が乗った車両が火災を起こして道路脇で停車した。すると後続が近くに停まり、彼を乗せてまた先頭に躍り出る。 「やはり突破ならばあいつだ! 本部も公道を突っ切れ!」 「ヴァヤ!」  補佐にと置いていったガルシア曹長が、ビダ先任上級曹長の代わりに命令を通達する。彼もまたがっしりとした体格で、兵に安心感を与えていた。タイヤを撃ち抜かれ、また乗車するジープを替えると先頭に舞い戻る。勇敢さにかけてはクァトロで一番、不動の名誉を保持し続けている。 「遅滞部隊を突破!」 「ビダ先任上級曹長、そのまま孤立した戦闘車両を糾合し、ドゥリー中尉の指揮下に加われ!」  近くで爆発があったので返事は聞き取れなかった、状況が刻一刻と変化する。 「トゥツァ少佐より本部、移動中の敵を発見、攻撃に移ります」 「マサ大尉より司令部、ソフィアを攻撃中の敵が撤退していきます」 「ゾネットより首領、山狩りを始める」 「ゴンザレス少尉よりマリー中佐、残党が追撃を仕掛けてきます」 「ヘリ部隊モネ大尉、全機帰投する。トリスタン大尉が負傷、ヘリポートに医者を待機させてくれ」  一気に事態が加速する、交通整理をするのがマリー中佐の役目だ。 「ストーン少尉、トゥツァ少佐に増援だ」 「ダコール」  ビダ先任上級曹長の部隊が道を右に折れて行くが、ストーン少尉は直進した。本部もまた直進し、ハマダ中尉もそれについて行く。 「ゴンザレス少尉、追撃を足止めした後にドゥリー中尉の指揮下に入れ」 「スィン」 「マサ大尉、フォートスター民兵団をミューロンゴへ移動させろ」 「半日は掛かりますが」 「構わん、キャトルエトワールの軍旗を掲げて行動だ」  トラックはあるが徒歩の者が殆どなのだ、復興に従事させるつもりで命じておく。途中にあるバリケードの除去も指示した。  部隊を割り振ると司令官を逃さない為にどうすべきかを思案する。ウガンダの奥地に行かれてはお手上げだ。トゥツァ少佐が全体を理解していたら、北側に回り込んでいるはずだ。 「トゥツァ少佐、報告を」 「ンダガク隊は西から北にかけて追撃戦を展開中」  マリー中佐が渋い表情を浮かべる、追うだけでは満足行かないと。 「ウガンダ内陸へ向かわせるな、迂回して足止めだ!」 「ダコール」  それを責めは出来ない、自身の失敗はより重大なだけに。ビダ先任上級曹長が合流したと報告があった。 「ドゥリー中尉、副司令官が北へ向かっている。民兵団の負傷者をミューロンゴに置いて追撃する」 「本部はウガンダへ行くぞ、ゴンザレス少尉切り上げろ!」 「スィン、敵を引き離します!」  ミューロンゴには悪いが暫くは無防備になってしまう。残党が少数で攻撃することは無いだろうが、マサ大尉が到着するまでは恐怖が蔓延してしまうだろう。 「クァトロ航空部隊、クァトロ戦闘団。輸送機を偵察機代わりに飛ばした」 「戦闘団了解」  領空侵犯を頻繁に繰り返すのはいただけないが、そんなことを言っている余裕が失われた。後から苦情があるだろうが、全てマリー中佐が引き受けようと決める。 「医師団長シーリネンだ。ミューロンゴにまで野戦病院中隊を送ることにする、護衛を貸してもらうよ」 「マリー中佐です。ご迷惑をお掛けします」 「多かれ少なかれ怪我人は出るさ。お互い前を見ようじゃないか」 「ありがとうございます」  ミューロンゴの恐慌は二時間で収まることになり、キャトルエトワールは批判ではなく感謝で迎えられた。  荒地を爆走すると転倒の恐れがある、控えめに走れば間に合わない、ではどうするか。 「たどり着ける者だけで良い、ムピラニヤ軍を目指せ!」  多少の脱落を無視して急行するように命じる、マリー中佐は千載一遇のこの機を逃すまいと部隊を急かす。思っていた通り、数台が転倒して怪我人を出すが多くが戦場にたどり着いた。 「間に合ったか! クァトロ戦闘団に下命、敵の本軍を殲滅しろ!」  トゥツァ少佐のブカヴ・ンダガク民兵団が必死に移動を妨害しているのが目に入る、数が少ないせいで苦戦していた。だがそこへクァトロの二個中隊が参戦、わき目も振らずに突撃した。駆け引きも何もあったものでは無い、銃口を敵へ向けて銃撃を繰り返す、それだけだ。ムピラニヤ司令官もきっと狂人の類がやってきたと唸っているだろう。 「上空よりスルフ軍曹、戦場の北東に百程の不明集団発見」  シュトラウス少佐の副操縦士だったタンザニアの青年、彼もかつての上司が職場を提供してくれると聞いてやって来ていた。最初は驚いていたが、ニカラグアのアレがあったのだ、今さら不思議でもないかと考え直すと勧誘を受けた。 「戦闘団長マリー中佐、スルフ軍曹、不明集団の識別を」 「イエッサ」  敵ならばトゥツァ少佐が挟撃されてしまう、これ以上失策を重ねるわけにはいかない。指揮下の兵が全力で接近戦を企てる、あと一つ二つ勢いが足らない。攻めあぐねているところに報告が上がる。 「黒黄赤の軍旗を掲げています」 「ウガンダ軍! 少なくともDFLRではないか。だが油断は出来んな」 「警告、軍が接近します」  明らかに関わろうとしている、どうにか近づけないようにしたかったが名案が浮かばない、そのうち無線が通信を受信した、英語だ。 「こちらウガンダ正規軍ルウィゲマ少佐、DFLR攻撃に加勢する!」 「ルウィゲマ少佐か! クァトロ戦闘団マリー中佐だ、ウガンダ内陸への移動阻害を要請する」 「ラジャ、お任せを」  まさかの人物がうろついていた、北側の国境警備ではなかったのかと疑問は残るが目の前にいる事実を優先する。 「トゥツァ少佐、突入しろ!」 「ダコール」  司令官旗を目指して新たに百の軍兵が切り込む、敵が大いに乱れた。だがまだ総崩れとは行かない。 「ドゥリー中尉着陣! 我等も突撃する!」  副司令官旗を追ってきたら合流することになった。本部の南側を通過して東南方面から攻撃を加える、装甲戦闘車両が先頭を進んだ。対人能力は極めて高い、それだけに歩兵が邪魔になり性能を発揮できない可能性がある。 「歩兵は乱戦を抜け出せ! 戦闘車両を中心に蹂躙しろ!」  一旦整理しようとするも上手く行くはずもない。泥沼の推移に渋い顔をする、だが途中でやめるわけにも行かない。 「手すきの歩兵は南に集合しろ!」  ビダ先任上級曹長の声が聞こえた、越権なのを承知で独断で招集を掛ける、マリー中佐も煩いことは言わない。兵が小銃着剣している、二列横隊に整列、タイミングをみて一斉に突撃した。 「今だ、歩兵は後退しろ!」  一角が崩れて集中力が乱れる、武装ジープが遠距離射撃、装甲車両が中心で近接戦闘、歩兵が散開した歩兵を駆逐する。全ての行動がかみ合った瞬間に恐ろしいほどの攻撃力を生み出す。 「包囲だ!」  後退した歩兵が薄く広く戦場を包囲する。身を隠せる場所が一つ残らず失われ、壮絶な死を迎える。一気に優勢になる、ビダ先任上級曹長の歩兵部隊が司令官旗のすぐ傍にまで進出した。 「ムピラニヤ司令官旗を奪った!」  クァトロが歓声を上げる。軍旗を奪った、勝利の瞬間だ。戦意を喪失した者が地べたに座って両手を上げる、だがこれで終りではない。副司令官がどこにも見当たらないのだ。 「まだだ、ムニャガラマ副司令官を捕らえるまで終りでは無いぞ!」  部隊を大至急再編制すると、ドゥリー中尉に半数を預けて急行させる。その間に武装解除を進め、マリー中佐はルウィゲマ少佐と顔を合わせた。 「少佐、何故ここに?」 「じつは大統領に耳打ちされまして、ここらで騒動があるぞと」  それが何を意味してるのかを素早く察知して、今後の糧にする。島ならばきっとこうしただろうと信じて。 「少佐に司令官の身柄を渡す、功績にしたら良い」 「ですがそれでは中佐がお困りでしょう」 「うちのボスは報告だけでわかってくれるんでね。それに俺は友好的な人物にはそれなりの態度をとると決めているんだ」  微笑して肩を竦めてやる。二度も助けられて知らんふりするような奴は、自分でも嫌いになれる自信があるぞ。妙なことを口にして。 「ムセベニ大統領へ報告致します。キャトルエトワールはウガンダに有益な集団だと」  マリー中佐の号令で残る半数もタンザニア方面へ移動を始める、副司令官を捕らえるのもきっと時間の問題だろう。  全軍を糾合してムニャガラマ副司令官の行方を捜索する。敵の一部が懲りずにミューロンゴへ向ったと報告が上がった、放置していたのはマリー中佐の方針だ。 「またDFLRが来たぞ! 病院を守れ!」  しつこい奴等だった、野戦病院代わりにしている公館が包囲され報復攻撃を受けている。立て篭もった自警団と負傷しているキャトルエトワールの兵が抗戦した。 「ドゥリー中尉、一個中隊で救援だ!」 「ダコール」  こんなことならば部隊を一つだけでも残して来たら、配慮が足らない自分に何度となく腹を立てる。拙い指揮、先が見えていない、経験不足なのか能力不足なのか。十数分で包囲を突き破りクァトロの中隊が防衛に参戦する。ところが攻勢が止まない、発見出来ない副司令官より先に目の前の敵を排除しよう、マリー中佐が矛先を変える。 「全軍、ミューロンゴの敵を掃討するぞ」  散開して捜索させていた部隊を元に戻してミューロンゴの敵を包囲挟撃する、内と外からの攻撃でDFLRが混乱を起こすかと思ったが意外と頑張る。不審に感じたところで背後から声が聞こえてきた。 「しまった、二重包囲か!」  中心の野戦病院に籠城している味方を敵が包囲し、それを本隊が包囲しているが、更にその外側を包囲されてしまった。逃げ出すわけには行かない、かといって挟撃を受けては被害が拡大してしまう。ムニャガラマ副司令官が戦争上手と気付いたのが遅すぎた。  初めての戦況に判断がつかず一瞬パニック状態に陥る、そこでビダ先任上級曹長の言葉を思い出した。気持ちを落ち着けるのに三秒、マリー中佐は命令を下す。 「ムニャガラマ副司令官を探せ、そいつを倒せば俺達の勝ちだ!」  明確な目標を掲げることで不利を感じさせない、各所で部隊が指揮所を探す。それらしき場所が四箇所報告に上がった。 「トゥツァ少佐、ハマダ中尉、ストーン少尉、ゴンザレス少尉、各部隊敵の指揮所を潰せ!」 「ウィ モン・コマンダン!」  籠城している味方を信じて内部の包囲を解除して攻撃に専念する。ムニャガラマ副司令官は軍旗を下げて潜んでいる、だがマリー中佐は堂々と掲げて存在を誇示した。 「俺は逃げ隠れする卑怯な真似はせんぞ!」  黒地に四ツ星、8の刺繍がされた専用軍旗を靡かせ指揮を執る。  猛烈な攻撃が野戦病院に向けられる、だが必死に耐える。ここで救援に戦力を割けばまた相手の思うつぼになるだろう。壮絶な消耗戦、生唾を飲み込んで推移を見守る。 「副司令部を制圧した!」  ゴンザレス少尉の声が上がる。 「全軍勝どきを上げろ! 残敵掃討だ!」  オールレンジで言語をたがえて繰り返す、ムピラニヤ司令官とムニャガラマ副司令官を拘束したと。戦争には勝った、だがまだ敵は存在する、戦闘は終わっていない。多くのルワンダ解放民主戦線兵が離散していく、その背を追って分隊が追撃を始める。司令の役割は後始末をどうするか、そこへ移り変わる。ビダ先任上級曹長を呼び戻して仮司令部をその場に設置する。 「フォートスター民兵団が到着するまでここで指揮を執る」  三度攻め込まれでもしたら目も当てられない、同じ失敗をしては行けない。今までに無かった経験を山のように積んだ、いかに自分が未熟かを痛感させられる。 「中佐、大切なのは勝利することです」 「いつか俺は期待に応えられるだろうか?」 「勿論。必ず自分が支えます」  ビダ先任上級曹長はマリー中佐を常に支える、それがクァトロで己の在るべき姿だと知った。
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