第四十四章 対決の行方

2/2
9447人が本棚に入れています
本棚に追加
/647ページ
 ――いずれに転んでも無駄にはならずに作戦にも有効、それでいて妄言だけでなく能力が達していない組織ならばふるいにかけるか。  中々に合理的な考えをする奴だな。 「異存ない。次は使いっ走りにやらせる。数値から五を引けそれぞれだ」  露見しても言い逃れが出来るように一つだけ簡単な細工をしておく。  相手も黙って了承すると、さっさと芋を口に詰めて出ていくのであった。 「さあ空港に戻るぞ」  時間に余裕はあるが何せぎりぎりは良くないと動く。  気にしすぎは日本人の民族性である。  アナウンスと記憶が一致した便が到着した。  暫くするとスーツケースを転がした中年がたった一人で姿を表す。 「コステロ総領事、ようこそコンゴ民主共和国へ」  すっきりした笑みで迎えてやる。 「や、や? 君はイリャさん? あなたが何故」  何とも狐に摘ままれたような顔でまじまじと島を見詰めてしまう。 「上からのお言葉でね、しっかりと出迎えるようにと」  首相からだとまでは言わずに握手を求める。 「左遷につぐ左遷ってことなのかねぇ」 「総領事に昇格したからそんなことないんじゃ?」  それで中央から地方に異動ならば左遷にもなるが、元からあれでは遠ざけようもない。 「赴任地がブカヴだが、そんな場所の総領事館があるなんて聞いたことないね。しかもだ、ブカヴ北ってなんだよ、北って!」  ――そこしか空き地がなかったんだよ、すまんね。  とは言いながらも何ら変わらぬ生活よりは良いと感じているらしい。 「館の初代総領事もなかなか良いだろう。まずは行こう、エーン頼むよ」 「コステロ総領事殿、プレトリアスです。赴任先にご案内致します」  真面目な顔で自己紹介をする、昔は中佐に呼ばれただけで落ち着かなかったが、最近は大統領をしばしば目にするようになってか慣れてしまったようだ。 「ああよろしく頼む。大使館には行かないのか?」  慣例があり大使に挨拶をしてから任地に出るのが常らしい。 「了承を得てありますので。速やかに着任し滞りなく職責を全うする時間を優先してよい、と」  嘘かまことかは知らないが、無駄な時間が省けるのは悪くないと聞き入れることにした。  ゲートを通ったばかりなのにすぐにまた次の便にと誘導される。  アナウンスがあったようだが知らされていなかったために、行き先もわからずにタラップを登っていく。  機内アナウンスでルブンバシ空港へ向かうと耳にする。 「ルブンバシとはどこだい?」 「コンゴの最南端です総領事殿」 「総領事殿はよしてくれ、地方の役人風情でしかないよ」  何だか気味が悪いと苦笑して肩をすくめる。 「ではコステロさん。その後にゴマ空港にと向かいますので」 「おや、ヌジリ空港とゴマ空港の間には便がない?」  総領事は主要な国内空港なのにと意外な顔をするが、隣で島は黙っていた。 「いえ御座います。ですが諸般の事情から乗り継ぎでご案内致します」  ――まあ直通便には兵が代わりに乗り込んだんだろうな。  到着便に俺らが居なくてどこかのスパイらが混乱するってわけか。  回りくどい手筈を整えた裏を想像しておく。飛行機を使うからには官憲の側から情報が漏れ出すのはいつものことである。  買い手があるならば何でも売るのは、個人だけでなく貧民国そのものの責任と言えなくもない。 「ところで総領事館の事務員らはどうするつもりで?」  単身やってきたのだからこれから集めるのはわかりきった答えであるが、公募するにしても一切合切が白紙から始めなければならない。 「事務員に限らずだが、全て現地の判断で適切な手配に期待する、とのありがたい訓令をいただいてるよ」  つまり勝手にやれってことだと頭を撫でる。 「すると俺と同じか。自己責任の極みと言うわけだ」  それはそれで案外困ることもあるだろうが、下らないことで制限を受けるより遥かにましだと断言する。 「イリャさんは普段どのような仕事を?」 「効果的な宣伝をしてこいと言われ、まああれこれ試行錯誤の日々を送ってるよ」  答えになっているような、いないような言葉を返して座席によしかかる。  時間にしたら二時間もかからずに到着する、昼寝をするなら丁度良かろうと、緩めの冷房しか入れられていない機内で目を閉じた。  ルブンバシ空港では予定通りに便が動かずに順繰り遅れが出ていた。  驚くことも不快に感じることもなく時間の経過を待つ。  何せ百便あれば最初の一つ二つ以外は全て乱れてしまうのだから、時刻表は目安でしかない。  長椅子に座っているコステロが不意に話し掛けてきた。 「チェ・ゲバラという人物をイリャさんは聞いたことはありますか?」  正確な名前ではなくあだ名で通るものを示してくる、キューバの英雄だ。 「キューバの革命家で若くして命を落とした人物。共産主義者でありながら清廉で愛すべき人であったとか」  表面的な部分のそのまたさわりしか記憶になかった。 「そのゲバラがね、このコンゴ南部で活動していたことがある。名前をフェルナンデスと偽ってだよ」  コンゴ動乱期にキューバの大臣職を辞任して乗り込んできた、当時は三十代前半だったそうだ。 「私は彼の生きざまに魅せられた部分があったよ。理想を追い求めたゲバラが滞在中に書いた娘への手紙はやりすぎだとは思うがね」  年端も行かない娘が成人してから、その手紙の内容があの人らしいと笑えるまでには色々とあった。何せ妻子を故郷に残しておきながら、立派な革命家になりなさい、などと手紙を出したのだから。 「総領事の理想はどのような?」 「別に裕福じゃなくて良い、普通に育ち、普通に家庭を持ち、普通に朽ち果てる、そんな人生を送られる国があったらとね」  ニカラグアもタンザニアも大分違ったよ、と首を左右に振る。  コンゴに至ってはその欠片もないと覚悟をしていると打ち明けた。  ――この人はパストラ首相らと共に在るべき人物のような気がする。 「ニカラグアも少しは良くなってきたよ。政府は国を整えようと全力で取り組んでいるし」  教育の推進や外国との交流、公務員の制度改革に失業率の低下を説明してやる。 「この十年で私は一体何をしてきたのやら。タンザニアでの時間は垂れ流しに近いな」  やれやれと不甲斐なさに呆れる。 「革命は案外起こすのは簡単だ、問題はその後にある。とある人物の言葉です、その人は二十年を無駄にしたと嘆いてましたよ」  それを取り戻すのは無理でも意義在る未来を送るのは誰でも可能だとも。 「死んだ子の齢を数えるより明日への一歩か、強いなその人は」  感じ入るなにかがあったのだろう、終止に渡り何かを考えているようであった。  ようやくゴマ空港への便が出発する。こちらも行程は似たようなもので、ついたのは夕刻の七時を過ぎたあたりであった。 「ホテルを予約してあります、明日の朝一番で出発致します」  エーンがタクシーに乗りながら二人に対して説明する。  ホテル・セントラル。ゴマ市にある中級ホテルである。  治安が良い場所を優先したために格式は一つ低いが、誰もそんなことは気にしなかった。  夕飯のテーブルを共に囲んで話の続きをする。 「総領事は赴任したらどのような仕事をするつもりで?」  まずニカラグア人がそんな場所に来ることはないだろうと前提してしまう。 「また家を一つ借りて受付一人を置き、昼寝を続けるしかなさそうだよ」  暇なら何かボランティアでもしようかとも思ったこともあるが、嫌がらせのように在館確認の電話が鳴ってしまうので、離れて何かをすることは出来ないと呟く。 「在館確認?」 「ああろくに用事もないのに逐一報告を求めてきたりだよ。オルテガ派の勢力争いにマニュアルでもあったんじゃないのか」  現代風に表せばパワーハラスメントにあたるだろう内容を愚痴った。 「ところで前に話したように、難民が総領事館にやってくることもあるだろうが。その時には?」  むしろ自国民よりそちらが主な来館者になるだろうと現状の見通しに触れてみる。 「三つの手続きがあるな。一つは難民認定手続きの勧告。二つは亡命手続きの承認。三つは当局への引渡し手続きだ」  三は選ばんがねと魚料理にフォークを突き立てる。 「その勧告とは?」 「簡単に言えば各国政府に手続き漏れがある難民がいるから登録してやれと急かすことだ。知らなかったと言い逃れは出来なくなるわけだな」  ――存在を無視する話はあるが、それが出来なくなれば何等かの手段を行使せざるを得ないわけか。 「その勧告は難しい?」 「簡単さ手間は掛かるがね。そいつがどこの誰かを確定させて、国籍に従い外務省に向けて通知してやれば良いんだ。この誰かってのを特定させるのが面倒なんだよ。身分証でもあればすむが、無ければ難航する」  ――身分証か、難民認定したくない国家がわざわざ認めるのを待っているわけにも行くまい。  そこに何等かの鍵があるか。 「身分証についてだが、どの程度の確度が必要?」  政府発行の旅券から集落の長がついた印鑑まで様々あるので、最低限認められる中身を知っておきたいと訊ねる。 「政府または類する公的組織による身分証明書が必須だよ」  簡単には行かない解決困難な問題だ、と。  ――その壁は高いだろう。何か抜け道はないのか? 「難民認定が出来ないのに国連難民高等弁務官事務所はどうやって支援を?」  事実山のようにいる人間に支援をしているわけだから手があるはずなのだ。 「あれは批准国、まあヨーロッパやアメリカあとは一部アジア諸国が善意で提供した場所での活動だよ。難民が一番多いのはアジアだからね」  意外や意外、アフリカではなくアジアだというではないか。  支援を受けている手前なのか、問題地域だと報道されないせいなのか、あまり記憶に残らない典型らしい。 「アフリカ諸国は圏外なわけか……」  ――国籍不明者の身分確定方法を探すのは無理か。だからと誰かを問わずに援助するでは国際社会の後援が得られない。  無言で腹を満たす時間が続く。  何か話題を探そうとコステロがふと口にする。 「イリャさんは本国出身でしょうか?」  明らかに違うだろうが現地生まれの二世である可能性までは否定できない。 「いや帰化の分類ですよ――」  ――まてよ二重国籍があるんだ、無国籍者にニカラグア国籍を与えて難民には出来んか?  基本は本国に引き戻さねばならないが、一時的な措置で付与したものだとはっきりさせておけばあるいは…… 「総領事、一つの可能性として成立するかの判断をもらいたい」  急に勢いよく言葉を投げ掛ける。エーンが微かに笑みを浮かべたのが目の端に見えた。 「ん、なんだろうか」 「無国籍難民にニカラグア国籍を付与して難民認定をすることは出来ないだろうか」 「――!」  コステロの顔に鋭さが現れる。あれこれと自問自答を繰り返しているのだろう、眉がピクピクとしきりに動いている。 「不可能とは言えないが問題がいくつかあるな」口にしながら再度頭で確認してから続ける「国連がその茶番に付き合ってくれるかは重要だ」  形式が整ったとしても明らかに異常な手続きが挟まっている、それを指摘されて認定を却下されては結果が出ないだけでなく、本国にも暗雲が立ち込めてしまう。  ――そうなったら政権は崩壊するだろうな。 「次に難民受け入れする場合、本国では一人つきに三万六千コルドバが毎年掛かってしまう。三年で自立してもらうにしても、失業者として抱えてしまっては国の負担が増えるだけだな」  何事も金だよと繰り返す。それだけあれば難民三人か国民二世帯――十人程が救済される、政府がどちらを選ぶかは明らかである。 「八方塞がりか」 「結局自国で暮らせるようにするのが一番なんだろうが、争いが収まらねば何十年もそのままだよ」  特に宗教戦争や内戦の難民は長いこと居住地を追われているという。  ――全てを解決させるのは神でも無理だ。俺は俺の身の丈にあった結果を求めるとしよう。  だが鉱山の仲介で出る利益を見込んで身請けをする枠だけは要求してもよいだろう。再分配は考えの範疇だからな。 「アッラーアクバルとはいかんもんだね」 「そうだな、この部分に関してはイスラム圏は助け合いが出来ている。誉めるべき点はそうすべきだな」  イスラム教徒には貧しきものに財貨を分け与える教えがあり、一定の蓄えを寄付にまわすザカートという習慣があった。  欧米諸国でも少なからず実践はされているが、信仰心が薄れて以来満足な流れは出来ていないようだ。  人が生きるために助け合う、基本的な部分は遥かに昔からかわっていないのだから、人間の側が変質したのは間違いない。 「かといってムスリムを大量生産する気にはなれないよ」  島がそう却下するとコステロもそりゃそうだと同意した。 「にしても、何だってコンゴなのか未だにわからんね。足元すら覚束無いというのに」 「……だからってことじゃないか」  オヤングレン大統領にしても、パストラ首相にしても、本来なら手駒を近くに寄せておきたいだろう。  そんな苦境を敢えて自力で乗り越えるようにして、その後への布石にするつもりなのだ。 「鉄は熱いうちに打てとは言うが、大火傷するかも知れない局面でよくぞやった……となるかどうか、か。お互い楽じゃないな」 「責任なんてほっぽりだしてタヒティあたりでのんびり、するにはまだ早かろうってことだろうさ」  コステロに対して妙に達観していたりふてぶてしかったりする島だが、ラ米出身の彼は気にならなかったようである。  翌朝一番でチェックアウトすると、キヴ湖に向かった。 「陸路では体が痛くなるので船を用意しました」 「ありがたい、あんな思いはごめんだからな」 「そんなに酷い?」  コステロが言い過ぎじゃないかと多少疑ってかかる。 「試すのはお奨め出来ないね。どうしてもって言うなら、到着してからどうぞ」  本気でうんざりした顔をするものだから、怖いもの見たさはあったにせよ、謹んで辞退すると応えた。  湖岸には数隻が横付けされ、小型のものは周囲を遊弋していた。  遠くから様子を見て味方が通常の出迎えをしていると判断してエーンが先導する。  船ではビダ曹長がどっしりと腰を据えて待っていた。  近付く姿を見て立ち上がると総員に待機を命じて背筋を伸ばす。  長距離走の一件から余計な事をあまり口にしなくなった曹長は、島らが乗り込んできても口を貝のように閉じたまま無表情で見送った。 「今のはまさかニカラグア軍?」  そんなわけがないと思いながらも、これといって所属がわかりそうなものが何もないため一応尋ねる。 「あの褐色一人だけそうだよ。他はアルバイトさ」  軍属は正式にニカラグア軍に数えて良いだろうが、事実岸辺の奴らはアルバイトの漁師たちに違いなかった。  警備をしている小舟は軍属であるが、それこそ余計なことは言わない。 「経費削減の波は地球の裏側でもかわらんようだね」  事務員はそっちで雇えと言われて長年である、海外赴任費用や交代を考えたら、手近で見つける方が安くすむのはよくわかる。  ゆらゆらと湖面を滑るようにして四時間、要塞の桟橋にと横付けされた。 「コステロさん、到着しました」  昼寝をしていたところで声を掛けられて起き上がる。 「最果ての地へようこそか。今度こそ一生転勤はなさそうだ」  諦め半分で部屋を出ると眩い陽射しが目にはいる。  視力が戻るとやけに高い壁に囲まれた何かと、整列する人間が一度に目に入った。 「な、なんだこれは?」  軍服を着た男達から一斉に敬礼を受ける。  列から一人進み出てコステロの前で止まると踵を鳴らして敬礼した。  思わず頭を下げ挨拶してしまう。 「ニカラグア軍ブリゲダス・デ=クァトロ部隊指揮官マリー中尉であります。コステロ総領事殿の御着任、お祝いを述べさせていただきます」  この世の地獄にようこそ、と小さな声で呟く。 「出迎えご苦労様、しかし凄いな……」  無人の廃墟にでも案内されるものだと思っていたら、とんだ騒ぎではないか。 「要塞で司令官がお待ちです、どうぞこちらへ」  要塞で、との言葉が聞き違いだろうかと聞き直すと「フォートレス」と英語を交えて繰り返すのだから驚く。  借りてきた猫のように小さくなって司令官室にと入る。  そこには将校全員が左右に並んで起立しており、先程まで一緒だったエーンも居た。  女性が一人いて大尉の階級章をつけて最奥にいるものだから、ついついうーんと唸ってしまった。  後ろから遅れて野戦服の男がやってきて将校らが敬礼で迎える。  脇を歩いていく後ろ姿をじっと見詰めていたコステロが口を半開きにするまでほんの数瞬であった。 「イリャさん?」  信じられないような顔をしてまじまじと見てしまう。 「ああ、駐コンゴニカラグア軍ブリゲダス・デ=クァトロ旅団長のイーリヤ大佐だ。キャトルエトワールのキシワ大佐と自称をしてはいるがね」  どうにも意味がわからないが、とって食うつもりならばすでにしているだろうと開き直る。 「駐コンゴニカラグア総領事館長コステロ総領事です。どうしてあなたが?」  聞きたいことは山ほどあったが、口をついて出たのはそんな質問であった。 「好きなところで上手いこと何とかしてこいと言われてね、政府も大概無茶を言うもんだよ」 「……イーリヤ……イーリヤ? マナグア宮殿で革命動議を護りきった軍人!」  てっきりスペイン、ポルトガル系の人物だとばかり思っていたが、まさかの黄色人種とはと驚く。 「革命してからが大変だよ、首相に無理を言って総領事を配属して貰った。巻き込んで悪いがよろしく頼む」  そう言うとコステロの表情が変わった。半ば不貞腐れて勤務していた自身が恥ずかしくて仕方なくなったのだ。 「私は何か思い違いをしていたようです。――祖国のために命懸けで働かせてもらいます」 「そう言ってくれたら助かるよ。総領事館自体は要塞内に作るが、連絡所は任意に増設して構わない。要望はエーン少尉か、グロック先任上級特務曹長に」  居並ぶ面子にグロックは無いが名前だけ紹介しておく。 「承知しました大佐殿。遠路はるばる本職の案内、恐縮です」 「尊兄の必要性からいけば当然の行いですよ」  笑みを浮かべて慇懃無礼なやりとりをする。冗談が通じる相手だと理解しているからこその言葉だ。  総領事殿は着席下さいと椅子を勧めてハマダ少尉に向かって告げる。 「ビダ曹長、コロラド曹長、アサド軍曹、トゥヴェー軍曹、ドゥリー軍曹、サイード伍長を呼べ」 「ダコール」  同じ少尉でも任官が一番浅いため使い走りに指名される。  だがハマダは悪い気はしなかった、呼ぶべき名前が全て最近功績を挙げた者達ばかりであったのを知っていたから。  出頭を命じられた者達が全員揃ってからハマダ少尉を先頭に部屋にはいる。  将校が揃っているため多少の緊張感があったが、何せ呼ばれたことに素直に嬉しさを表した。 「集まって貰ったのは他でもない、功績を評価する。ビダ曹長を上級曹長に任命する、以後は陸上水上の特務部隊を担当せよ」 「ヴァヤ!」  ――本当はこいつを兵営担当から外すのが目的だが、功績は功績だ認めてやるべきだ。 「コロラド曹長を上級曹長に任命する、以後は総領事館連絡員と諜報担当を兼務せよ」 「ヴァヤ」  事情に通じていて出身が近い二人を組み合わせる。コロラドの政務能力を確かめる機会でもあった。 「アサド軍曹を曹長に任命する、以後はエーン少尉の下で総領事の護衛を担当せよ」 「ラジャ」  大切な預かり者を害されては大変だと、忠実なアサドを配する。 「トゥヴェー軍曹を曹長に任命する、以後も諜報担当としてコロラド上級曹長の補佐を行え」 「ヴァヤ」  トゥヴェーの向かう先を情報にしようと決める。体力的にも弟が兵を訓練すべきだろうと。 「ドゥリー軍曹を曹長に任命する、以後も兵営を担当せよ」 「ヴァヤ」  初対面ではプレトリアスらの見分けがつかないだろう、コステロが困ったような顔をしていた。 「サイード伍長を軍曹に任命する、以後は兵営担当として曹長を補佐せよ」 「ラジャ」  方針を将校らに示すために敢えて一人一人の役割を再確認していった。  下士官は担当を集中して行えばよいが、将校は全般を見なければならない。  誰が何をしているかを常に把握するのが役割である。  下士官らを下がらせてからコステロに向き直る。 「何か不明な点はありますか?」 「解っている部分の方が少ないがね。大佐以外は全て尉官?」  もしそうならば万が一席次が欠けたらどうなるかを聞いておく。 「少佐が一人出張中でね、俺に何かあれば彼が上手くやってくれるさ」  それまでの繋ぎはマリー中尉だとも説明しておく。  三人とも居なくなればニカラグアに逃げ帰るようにとも示唆しておいた。 「それでも私は残るよ、死んだら死んださ。それが管理職の宿命だからね」  そうならないように努力するよ、と努めて明るく言いはなった。  ――そう言えばロマノフスキーのやつどうしているんだろうか、全然報告も上がってこないな。  ゴマ市東、ギセニとの丁度真ん中あたりにM23――3月23日運動の拠点がある。  司令官室で連絡を待っていたマケンガ大佐は苛々していた。  このところブテンボ基地からの偵察巡回が頻繁になり、活動に支障をきたしていたからである。  長年の暗黙の了解を破り、今度の国連派遣軍司令官が動きを見せてきた。 「戦う意気地も無いくせにどうして出てくるやら」 「彼らにも立場があるのでしょう」  モルンベ大尉が無感情にそう評価する。  衝突すれば戦端を切るくらいはするだろうが、それにしたって国連軍が発砲に至るまでには様々なプロセスが必要になってくる。  少なくとも先制攻撃は禁じられているし、威嚇なしでの反撃も禁じられている。  だがそれはまだマシな方で、日本軍――自衛隊は危険になるのを禁じるなどとの意味不明な規則が大手を振るっていた。  何を考えてそんな条文が通ってしまったかはわからないが、現在に至るまで致命的な矛盾に遭遇していないため、そのまま制限が課せられたままである。  こんな状態でも派遣を行う政府も軍部も他国からみたら異常でしかない。  コンコンコンコンと四度ノックをしてから壮年の男が入ってきた。  二回だと他人相手、三回だと親しい人物がノックの対象になる。  そういった意味では四回は儀礼的な部分が強い。 「失礼するよ大佐」  どこか怪しい雰囲気が感じられる。飢餓が著しい地域にいるのにやたらと脂ぎって太っていた。 「ルゲニロ司教、いかがされましたかな」  M23に於ける宗教のトップ、ルゲニロ司教はマケンガ大佐と共に組織の運営に携わっている。 「いえね、ブカヴにカトリックの教会が出来て司祭が入ったと聞きまして。ゴマにも教会を新設しようかと相談に参りました」  ――どうせ水増し請求して組織の金を使い込みたいだけだろ似非坊主が! 「さてそのような教会があったかどうか、軍にも調査させましょう。大尉手配を。話はそれからでお願いしましょう」  先のばしにして暗に反対をほのめかしておく。  狂信者が組織に混ざっている以上、司教を蔑ろには出来ない。 「ま、よろしいでしょう。ところで支持者が食糧を求めております、早急にお願いします」  言いたいことを言ったらさっさと立ち去ってしまった。 「あいつは一体何なのだ! 俺に言えば何でも出てくるとでも勘違いしているのではないか?」  机をどんと叩いて怒りを露にする。 「大佐、自分が手配しておきますのでお忘れください」  文官あがりの大尉は煩わしい仕事を肩代わりすることで、マケンガの側近に上がっていた。まさに本領発揮といったところだろう。 「いつか殺してやる! 大尉、手配しておけ」  その時に内線が呼び出し音を発した。  大尉が代わりにとると、大佐へと繋ぐ。 「リベンゲからの報告です」  首都にいるエージェントからの話は大佐直通にする決めごとがあったためにその場を立ち去ろうとした。  だが仕草で引き留めておき受話器を持つ。 「俺だ――」 「ボス、奴等ですがゴマ空港行きの104便に予約があります。ンクンダ司令官への共同攻撃は、双方の偵察次第と話をまとめました」  重要な報告を一息でまとめて申告してしまう。  これにより大佐がどちらを優先するかの判断材料にしようとの目論みもあった。  エージェントは双方に通じているため、雇い主の情報も探っておく必要があるのだ。  ――到着便から出たのを叩けば一つの勢力が減るな。だがンクンダと戦うと言うやつがいるなら放っておけばよかろう。  だがどんなやつなのか調べさせるべきだな。 「わかった、便は間違いないな」 「はい」  小さくそうか、と応えて次の指示が無いかを瞬間考える。 「政府との関係があるようならば探れ。報酬はいつものように入れておく」 「ありがとうございますボス」  おもむろに受話器を置くと待っていた大尉にメモを渡す。 「ゴマ空港到着便の顔写真を撮っておけ」 「承知いたしました」  一度に沢山の用事を得たためにどれを誰に任せようかと考えながら部屋を出て行く。  一人残った大佐は椅子にもたれて溜め息をついた。  ――俺はどうしたいんだろうか。言われるがままに活動をしちゃいるが、これが一体何になるやら。  疲れた。それが率直な感想であった。  マケンガは別に独裁者になりたいわけでも、救国の英雄になりたいわけでもない、ただ職務として働いてるのと、気に入らないンクンダ将軍に対抗をしたいだけであったのだ。
/647ページ

最初のコメントを投稿しよう!