第四十五章 裏切者

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第四十五章 裏切者

◇  キベガの丘にある拠点で、ロマノフスキーは報告書を目の前にして腕組をして考え込んでいた。  ――補給基地の兼務か……。やるのは簡単だが、それをすると要塞が困る事態に陥る可能性があるぞ。あの通信士以外にもスパイが紛れているのは間違いない。  フィジに潜入させているやつからの定期報告には、かなり詳細なキベガの情報と、要塞の概要が首相に漏れていると伝えてきている。今のところ南スーダンに軟禁してある首相の娘を盾に、活動の自由を確保していた。首相の側の要求で身の回りの世話をする女性を一人だけ認め、目隠しをしてから現地にと連れていってやってはいたが、奪還される危険はある。  ビデオレターの形で無事を知らせてやり、一応の平静を取り戻したと言う話であるので、無茶な救出作戦はしてはこないだろう。  ――政府のスパイというよりは、首相の情報網に引っ掛かっている。だが大統領もフィジに基盤があるわけだから、より首相に近しい集団に根があるはすだ。政府閣僚が認識しているかいないかでかなり話が変わってくるぞ。  部族の勢力図を睨んで作戦を練るが、表面を撫でるだけで深いところにまで刺さる案を得ることは出来なかった。  ――こちらは中心に抱えてしまっているようだが、要塞はまだ毒が回っていない。血清を用意するより、外科的な手術をすべき時はあるだろう。腕を切り落としたって、本体が死なねば目はあるはずだ。  致命的な失敗をする前に覚悟だけを決めてしまう。いざとなれば迷うことなく自らを切り捨てられるように。  フィル軍曹が外地に出張中なため、護衛で従っているオビエト上等兵に雑務を委任する。パラグアイからの部員のため、フランス語が通じないのが不安ではある。  ゾネットを呼び出して報告を求める。隠し鉱山が一つと限られたわけではないと考え、周辺を広く捜索させていた。 「少佐、それらしい場所見付けた。軍隊が囲っていて中までわからないが」 「コンゴ軍フィジ駐屯連隊?」  このあたりにいる国軍を思い浮かべ、適当なものが無かったので街の名前を出してみる。 「正規軍でない、アフリカ人でもない、ベルギー人でもない」  ――何だって! そいつらは何者なんだ? 「ゾネット、そこに案内できるな」 「クァ!」  相手が外国の集団なのはわかったが、どの程度の危険があるかまではわからない。不明な者を相手どる時は、最大の力を向けるべきである。ブッフバルト少尉もこの場にと、ゾネットを待たせる。  訓練の監督の為に外に出ていたようで、出頭するまで二十分近くを要した。戦闘服にヘルメット姿で部屋に入ってくると、被っていたものを小脇に抱えて敬礼する。 「お待たせいたしました」 「訓練はどうだね」  一応現在の進捗状況を耳にしておこうと話をふっておく。 「南スーダンからの兵は、一定の指標を越えたように思えます。キヴからの兵も戦闘に従うだけでなく、自らの動きを考えるまでになった様子」  大まかな所見を述べるが、ゾネットの手前キベガ族の兵については触れない。戦いになれば技術は最低限で、あとは度胸と統率力がものを言うので、ロマノフスキーも心配はしていない。 「使えそうなやつがいたら引き上げる、下士官候補はどうだ」 「南スーダンのキール上等兵、奴が一つ頭飛び抜けています」  確かめるプロセスを経ることなく即答する。 「そいつを伍長に昇格させ、小隊長代理で使え」 「ヤー」  近くに少尉がいる状況なので、困れば相談できるだろうとラインに据えてしまう。これに満足したら同郷の兵も収まりがよくなるだろう。 「さてゾネットからの報告では、そこいらに黒人以外の軍隊がいるらしい」  ならばどうするとまで言わずに口を閉じる。 「場所を絞り込み偵察します。可能ならば航空偵察をと思案しますが」  ――フロートを引き戻させるか? そうなれば人質を移転しづらくなるな、民間機では足がつくが写真があると便利だ。 「フロートは動かせんが当てはあるか」 「此度のダイアモンド鉱山の取材と称して、報道局のヘリを飛ばし、ついでに撮影してまえばいかがでしょう」 「そいつを採用する」  世界に知られてしまった鉱山の取材となれば、政府も飛行許可を却下しづらいというものである。一度許可を得てしまえば、風が強いだのなんだのと飛行ルートなぞどうとでもなる。 「中米連合に依託される採掘会社、そこから発注される形が望ましいですが」  直接口出しできる立場に無いため、どのように割り込めばよいか迷う。ロマノフスキーにしても、今後の悩みがあるため無茶はしたくない。 「逆の発想でいこうか。飛行許可を与えられている、観光などの業者を探してリクエストはどうだ」  この場合は目的が政府に筒抜けにならないように、小細工をする必要があった。 「何等かの目的を有した外国の軍隊です、その位の警戒をしてあたるべきでしょう」  イリーガルな行動を含まずに正体を探る。回りくどいやり方ではあるが、リスクを減らすには直接的な接触は避けるべきだとわかりきっている。 「問題は誰が実行するかだ。写真家の腕や機材が必要だが、実際は別の装いでなけりゃならんぞ」  ジャーナリストを頼みにすると余計な心配が出てきてしまう、だが優先すべきは結果とも言える。ずっとフランス語で会話していたため、部屋の隅で黙ってたっていたオビエトがカメラ、フォトグラファなどと悩んでいたため、余計と知りつつ声を発した。 「カマラでお悩みですか?」  スペイン語なので今度はゾネットが不明になる。 「ああ撮影技術者が必要でね、上等兵に知り合いはいないか」  居てもパラグアイから呼び寄せるのは忍びないと肩を竦める。 「少佐殿、自分で良ければ趣味の範疇ですが可能です」  控え目にそう申告してはくるが、自信が無ければ口にすまいと上申を認める。 「よかろう。少尉、偵察を実行準備だ」 「スィン」  南米での活躍に心を寄せられてついてきてみたはよいが、自身の出番が殆どないのに胸が締め付けられる想いであった。だがまさかのまさか、趣味が身を助けるとは思いもよらない流れである。 「ゾネットは一族の戦士を訓練しておけ。銃弾が近くを飛んでも怯まないようにな」 「承知。ライフル銃の操作も上手いやつがいて、七百歩でも二回に一回は当たる」  元来一歩は七十五センチが軍隊の基準にされている国があるが、アフリカ人や東南アジア人はやや狭く、七十センチ見当であった。つまり五百メートルが狙撃範囲と言うのだ。  彼らは極端に目が良いのでスコープがいらず、目盛を切り直す必要もない。慣れてしまえばかなり有望なハンターになれるだろう。 「得意分野を伸ばしてやると良いかも知れんな。だが育成はゾネットに任せる、思うように強くするんだ」  今まで槍や弓矢だけが強さの主軸であったが、銃が現れたことにより空模様が変わってきた。見向きもされなかった男たちが、ちらほらと適性を発揮してきたのだ。  ――拠点はこいつらに任せるとして、俺は首相とくんずほぐれつか。どうせなら若い娘が相手だとやる気も違ってくるんだがな。  電話会談であれこれとやり取りをして、ポニョが本来知らないはずの内容を探してみたり、逆にひた隠しにしていたことを指摘したりと、トゲがある中味を丸くツツキ合うのが役割である。  うんざりする仕事ではあるが、こればかりは部下まかせに出来ないので自らが行う。  ――フィジから徴兵するわけにいかんから、兵を減らすのは極力避けねばなるまい。どこかに集めにまわらせるか? 一長一短では薮蛇になりかねんがな。  自由とは無限の選択肢が延びているわけではなく、様々な鎖に繋がれて切り立った崖に立たされるようなものだと、ひしひしと感じる瞬間であった。  その日、島は夜半まで書類整理を行っていた。部隊に列なる者達への給与の支払いや、本国へ連絡すべきものがあれば、第三者の私信をオズワルト商会宛にと偽装してだ。 「前々から思ってはいるが、副官は必要だな」  エーンはもっと判断が大切な部署に充てるつもりで、比較的光る能力がないが人間的に取っ付きやすいやつをと狙っていた。消去法で行くと、現在の士官の中ではサルミエ少尉が残った。  ――あいつで構わん、明日にでもそうさせるとするか。  静かだった司令官室に、微かながら声が伝わってきた気がして頭を上げる。誰かが呼び掛けたのではなく、大声が届いたかのような。  首を傾げながら扉を開け、通路の先の通信室の扉を開ける。当直の上番勤務者が、デスクに突っ伏して寝入ってしまっているではないか。  受信を告げる通信機の赤いランプがチカチカと光っている。どうやら音量を最低にしているらしく、雑音のような何かが朧気に耳にはいる。ボリュームの摘まみを時計回りに動かすと、スワヒリ語なのか何なのか、切迫した感じで無線が声を運んできた。  ――何を言っているかわからんぞ! それにこれだけの音で気付かないとは薬でも盛られたか?  ヘッドフォン片手にフランス語でどうしたと報告を求めながら、レティシアの部屋の呼び出しを鳴らす。数秒で「敵襲、敵襲!」と警告があがってきた。  ――しまった出遅れた!  すぐに要塞内全体のスピーカーをつけて、総員起こしをかける。 「どうしたんだい!」  寝巻きに姿に軍服を肩からかけてレティシアがやってきた。 「敵襲だ、通信を頼む、戦闘態勢に移行するんだ!」 「あいよ!」  どかっと自身の椅子に腰を下ろすと、手慣れた操作でスイッチをオンにする。 「総員戦闘態勢だ、武器を持って外に出ろ!」  スワヒリ語に通訳して二度三度と繰り返す。  ――どこのどいつだ! 状況を把握せねばならんが、フランス語を喋る奴がやけに少ないな。  現地人は理解してはいるが、いざとなったら生活で使う言葉が口をついて出てしまう。興奮が収まるまでは、ごちゃ混ぜの報告が続きそうな気配がする。慌てたエーン少尉が通信室に駆け込んできた。  島の顔を見てか、まずはほっとしたらしい。 「ご無事ですか」 「ああ俺はな。だが何が起きているか全くわからん」  自分もですと応えてから空いている席に座り、各所に報告をするように求める。  ――俺が混乱しているくらいだ、外では陥落したと思っているやつも居るかもしれんぞ!  寝ている通信兵を椅子からどけて座ると、ゆっくりとした口調でマイクに向かい喋りかける。 「司令部は健在だ、落ち着いて対応するんだ」  どやどやと通信室に担当が駆け込んできたために、島とエーンが席を立った。 「さて俺達は何をしたらいいと思う」 「大佐殿は司令官室で待機願います」  ――ふむ、まあそりゃそうだな。  本部で把握に務めようと返答して素直にデスクを前にする。部屋に置いてあるテーブルに戦術盤が載せられて、担当の兵士がイヤホンを片耳につけたまま駒を追加して行く。所在の確認がとれた将校や部隊の付箋がつけられ、概ねの数が書き込まれ更新されてる。  ――外郭が戦場になっているようだが要塞内部には姿が無い? 「護衛部隊は通信室の手前に待機させています」  部隊長として、駒が置かれていないのを確認してからそう告げる。隊員らは無線を発信していないせいか、通信兵が伝え漏らしたようだ。  ――当直を見事に沈没させて奇襲か、寝返りを期待出来なかったゆえの結果だろう。南スーダンの連中ではないな、外郭で戦いになっているということは、内部は潜入の者しか居ないに違いない。 「敵の勢力はまだ判明しないか」  憶測が飛び交う中での話だと前置きしてから「ブカヴマイマイらしき奴等と見られます」と報告があがってくる。  ――ブカヴの民兵か。地元の奴等だ、兵に知り合いがいておかしくない。政治的な目的というよりは、派手な略奪の延長だろう。 「マリー中尉に繋げられるか?」 「やってみます」  デスクにある機器のうち通信室との直通で指示を出し、受話器が着信を告げるのを待つ。極端な話、通信室の代わりになるのだ司令官室は。要塞の構造として司令官室側から隔壁を下ろせば、侵入路がない区画を作ることもできる。  封殺されないように地下道が設置されており、延々暗闇を進めばブカヴの街に向けて通じるよう、荒れ地のどこかに抜けるようになっている。グロックが我が物顔で造ったもので、暗闇を出て真っ直ぐが真南になるよう階段を伸ばしたらしい。まさにマニアな行動である。 「マリー中尉です。現在交戦中」 「俺だ所見を」 「内部の手引きにより、敵が外郭に取り付き侵入をはかっています。恐らくは攻撃と言うより、占拠を目的としているのでしょう」  ――見立ては同じだな。ならば手痛い反撃を受ければ逃げ帰るだろう。 「乱戦部分があれば一旦退いて敵味方をはっきりさせるんだ。北から時計回りで迂回部隊を側面に出す」 「ダコール」  ――内城を使うことになるとは思わなかったな。少尉らはどこにいる?  戦場盤を見て一番近いやつを指揮官にしようとする。 「サルミエ少尉に命令だ、北の要塞から時計回りに迂回部隊を出撃させろ」  次いで内城に駒があったハマダ少尉に命令を伝えさせる。直接自分が説明しながら手配する時間すら惜しい。 「ハマダ少尉にカスカベルCを指揮させろ、随伴歩兵もつけるんだ」  残るは自分達である、戦いは部下が何とかするとして、後始末について先回りをしなければならない。  ――まず必要になるのは負傷者の救済だ、大尉に連絡をせねば。  自らへの回線は常に開けておくべきだと、デスクにあるものではなく、エーンが持っている携帯で連絡を入れさせた。手配を終えるとあとは黙って推移を見守るしかない。傍らに置いてあるヘッドフォンを機能させて、聞きたいヶ所の通信を聴取する。  要塞の内城――司令部本域では、四ツ星の軍旗を背後に立てて周囲を睨む男が居た。 「照明をもっと当てさせるんだ!」  屋上部に分散して設置されているサーチライトが、正面を向いている者達を照らす。直射されると一瞬目が眩んでしまい、闇に慣れるまで数十秒を要した。  優先的に反撃を受けるため次々と失われてしまうが、その数倍の命を道連れにしているので悪くない。 「中尉、西側が苦戦しています!」  通信兵が旗色が悪い地域を端的に伝える。  ――南はこれ以上分割出来ないぞ! 北の要塞から来る奴等は東回りだ、これは間に合わん。かといって見捨てる訳にはいかんぞ。 「トゥツァ少尉、二個分隊で増援だ!」 「はい中尉」  近くに居たはずだが姿が見えないため、無線でンダガグ族に命じる。時間稼ぎをしているうちに対策を考えねばならない。  ――本部に頼むしかないか。 「要塞防御指揮官、司令部。西側の防御が厳しい、増援を要請する」 「司令部、要塞防御指揮官。今ガレージからアレが向かう、友達のおまけ付きだよ」  無線で無機質な声であっても、それがレティシアだとすぐに解った。 「了解。護りきったら誉めて下さいよ姐さん」  努めて明るい雰囲気を産み出そうとする、それに彼女も相乗りした。 「いいだろう、けど辛勝なんてしみったれた結果だったらケツをひっぱたくよ!」  通信を耳にしていた兵らが含み笑いを見せる。 「それはそれでして欲しい奴がいそうですな。精一杯頑張りますよ」  ちらりと西部を見るが全く状況が掴めない、トゥツァ少尉が上手くやるだろうと前面に気持ちを切り替える。  パンと弾けた音が耳の傍で聞こえた、至近弾なのであろう。遠いとヒューンと違う音が聞こえる、戦いに没頭するとそれらすら雑音として背景音楽のように気にならなくなる。それが戦士なのだろう。  自らは助けを必要とする者が居ないか、逆襲を出来る箇所はないか、新たな動きは予知出来ないかと眺める。普段は威張り散らしていた上等兵が、恐怖で物陰に隠れ震えていたり、何をやらせても満足に出来ないのが、実戦では不思議と敵を多く倒したりしていた。  ――しかし敵はやけに頑張るな、何か良い材料でも抱えていたか?  奇襲効果が薄れて単なる夜戦攻城に模様替えしてきたが、一向に撤退する気配が感じられない。ブカヴマイマイだとするならば、そこまで犠牲が出たら簡単に引き上げるだろうと思われるが。違う相手だとしても、無理攻めするだけの理由が思い付かない。  司令部の初期対応が妙に鈍かったのと関係があるのかとも考えてはみたものの、今は現実に攻め寄せてくる敵をどうにかするのを先決にしなければと、軽く頭を振って意識を集中させた。  本塞から距離を置いた場所で、百人近い部隊が二つに別れて動き始めていた。よう道を早足――一分間に百歩で南へと向かう。着いたときに息が上がっていては瞬発力に欠けるため、到着してから駆け足に切り替える。  ドゥリー曹長は命令通りに城壁にあたる部分に兵を向けて、詰め寄る敵の右脇腹を抉った。新手の出現でバタバタと攻め手が脱落する。味方からの誤射を受けないように、存在を知らせながら一気に失地を回復して行く。  城壁と内城に挟まれた突入部隊は、前後から攻撃を受けてたまらず逃げ出していった。だが東に逃げた奴等は後続に出くわし、不運にも三方から射撃を受けて、これといった反撃かなわず全滅した。西へと逃げた者は攻め手優勢の場所に、期せずして現れた援軍の形に成り代わり、トゥツァ少尉らを厳しくさせてしまう。  じりじりと押し込まれて防衛線を後退させていき、ついに内城手前にまで追いやられてしまう。自らもライフルを手にして反撃するが、トゥツァ少尉一人が奮戦したところで数で圧倒されてしまった。 「堪えろ! 恐れるな、戦士の誇りを発揮するのだ!」  ルワンダ語で腹の底から激励の言葉を口にする。一旦は盛り返したが、一発撃ったら十発返ってくるような劣勢に、すぐにたじろいでしまう。  何波かに別れて突撃を敢行してくる敵が、ついに防衛線を突破して少尉らの側面一角に陣取る。 「下がるな、現状を維持するんだ! っく」  跳弾がトゥツァの腕に当り、鋭い痛みと熱を感じた。べっとりと赤いものが流れ出てくるのを見て、兵が包帯で応急手当をする。  勢いを増して黒人が小集団を成して突入してくる。止めきれずについに至近距離にまで一団が到達した。その時である、地下から唸りをあげて何かが姿を表した。ポンポンと気が抜けるような音が何度か続くと、花火のような感じで地面に玉が転がったまま炎を上げた。その明かりに照らされて、あちこちで人物が武器を構えているのが見える。  もう一つ唸りをあげて、それは敵真っ只中にと跳ねるように突進する。あちこちにつけられた機銃から、大小二種類の弾丸が発射された。  カンカンと音をたてて弾丸を弾き返しながら、人があるあたりを無遠慮に突っ切る。次々と侵入者を薙ぎ倒し、頑強に抵抗する集団には車体でそのまま突っ込み蹂躙する。  少し遅れてガレージから、ハマダ少尉に指揮された分隊が現れて、トゥツァの部隊に近付く敵を一掃した。負傷しながらもトゥツァは声を張り上げる「混在する敵を全滅させろ!」、着剣している隙がなかったため、腿に装着していたナイフを手にして格闘を始める。歩兵は同等かそれ以下の戦力しかなかったが、たった一両の自家用車――装甲戦闘車両カスカベルコンゴが、無敵の戦闘力を発揮した。中枢装甲を抜くだけの火力がある武器を持っておらず、対抗が不可能だと判断した突入部隊が徐々に退いていった。  元よりあった主砲は除かれ二十ミリ機関砲が鎮座しているが、威力がありすぎるため一度も発射されていない。それなのにこの火力である、多少の凹みや貫通箇所はあったにせよ、全く問題なく戦いを行えるだけの軽微な損害は、あってないようなものでしかなかった。  ――乗り切ったか。だがまだ気を緩めてはいかんな。  司令官室で耳を澄ましていた島は、一息ついてコーヒーを口にしていた。通信室から不明言語でのやり取りがあったため、録音したものがあると知らされる。後回しにしても良いが、今は急ぎもないためそれを再生させた。 「畜生、どうなってやがる! 司令部はすぐに機能しないんじゃなかったのか!」 「工作員は上手くやった、押しきれないのは部隊の責任だろう」 「少佐のガセネタじゃなかったわけか――」  そこで通信が終わっていたらしい。  ――なぜロシア語? そして少佐か……。  保存して部外秘の最上位に指定すると、何事もなかったかのように振る舞った。  ――レティアはロシア語は理解したんだったかな、他にはわかりそうなのは居ないな。  工作員が通信担当に一服盛ったのははっきりとした。やるとしたら夜食に混入だろうとあたりをつける。 「少尉、今夜の調理と配膳担当で、通信兵の輪番を知っているやつを拘留するんだ」 「ダコール」  部隊に憲兵は居ない。エーンが命令書を作成して拘留を認めるのにサインを貰うと、護衛部隊が待つ部屋にと向かった。  ビダ上級曹長は十人余りを率いて、湖上から要塞を大きく迂回していた。南スーダンからの兵なので、ここで功績をと意気込む奴等ばかりである。岸壁近くになるとエンジンを切ってゆっくりと浜に乗り付け、見付からないようにシートをかけておく。  灯りのあるのが要塞だと方向を確認して船の位置を記憶する。 「仲間割れを装って、後備で混乱を起こすぞ」  目的を告げて先頭に上等兵を置いて進む。陣地を作っているわけでも、司令部部隊があるわけでもなく、漠然と集まっているような人だかりがあちこちに見えてきた。
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