第二十一章 復讐の刃

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第二十一章 復讐の刃

◇  ニカラグア国内で大きな渦が巡っていた。  その潮流の出所は間違いなくクァトロである。  オルテガ政権に嫌気がさした市民が反政府デモを各地で起こして大統領の退陣を求めていた。  無論速やかに鎮圧を行い無かったことにされてしまうが人の口に規制をかけることは出来なかった。  与党に見切りをつけたら野党にと走るのが常ではあるが、ここに新たな選択肢を加えることにより収拾がつかなくなる状況を求めてパストラが活動する。  国外に在るのがマイナスではあったが、自由連合と協力体制をとることにより政権打倒の形を整えた。  現政権を退陣させた後に選挙を行い勝負の白黒をつけようと。  相手に勝ち残りの目を認めるのは痛いが何せ打破するには単独では無理と判断した結果である。  何もパストラが大統領になるのが唯一無二の可能性でもないだろうと島も様子を見守る。  そんな中、崩壊の促進を行うめにチナンデガ攻略作戦をついに発動するのであった。  奇襲だの夜襲だのというのは屋外であるからこそ有効な場面があったりする、逆は少ない。  チナンデガ北東部に展開するクァトロ部隊は無言で市街地を見つめていた。  午睡の時間帯を狙い四ッ星旗を掲げた兵士らが集団で駆け足を行う。  ある者は面倒臭そうな顔で睨み、ある者は逃げ惑い、たまに手を振って応援してくるものがいた。  白昼堂々と作戦行動をする異例なクァトロ部隊を見てあちこちへと通報が拡散する。  それと同時にチナンデガ各所に向けての電話攻勢も始まっていた。  混乱を嘲笑うかのように北の空から戦闘攻撃機がやってくる。  事前に攻撃先は通知されていたために陸軍司令部を目指し滑空した。  不意に戦闘攻撃機が左右にバラバラに散って退避する、地上からの対空砲火にさらされたのだ。  だがしかし次はなかった、発射元が露見している以上は反撃を受けて然り、とって返した機により三十㎜機関砲を撃ち込まれ穴だらけにされてしう。  予定より遅れること五分で陸軍司令部に爆撃が開始されるのであった。  アラートが鳴り響き早口のスペイン語で忙しそうに状況が告げられる。  ジューコフ少佐は渋い顔をして何とか聞き取ろうとするが困難だった。  仕方なくピストレットを腰に下げて部屋から出て司令部一階のロビーにと降りる。  あたりを見回して一人兵士を捕まえると何が起きているかを尋ねる。 「クァトロが攻めてきてグリンゴの攻撃機がここを爆撃しにきます!」 「司令部を爆撃だと!?」  ロシアならば、いや世界中の大抵の軍がある国家ならば空爆によって上物は壊されても地下は堅牢で平気なものだ。  しかしエレベーターに乗った時に地下の表示が無かったことを思い出してロシア語で毒づく。 「これだから三等国家は!」  兵にもう用事はないから行けと犬を追い払うかのようにシッシッと手をやる。  ――畜生がどこが安全だ、連隊にでも逃げ込むか。  散り散りになってしまうようなところよりも秩序が保たれている方がより安心だと考え司令部を後にする。  B中隊が政庁に踏み込んだあたりで爆撃音が鳴り響いた。  窓から身を乗り出して何事かと様子を窺う人物の多いこと。  一階出入り口に簡易バリケードを設置して政庁から逃げ出せないようにする。  四人ずつに別れて館内を回り職員を一カ所に集める。  途中明らかに職員ではない窓拭きや掃除婦と擦れ違うと「気にせず続けて」など言っていたがそれどころではない。  集められた職員に向けてスピーカーでハラウィ大尉が主旨を説明する。 「現在政権交代の為に下準備中でして、現政権を支持する方はこちらに残り、そうでない方はオフィスへ戻って職務の続きをどうぞ」  そう言われてこの場に残るのは余程の大物か余程の馬鹿である。  二十名程が居残り身分証を提示させられると、局長や部長などのポストについている者たちであった。  冗談でも政権交代だの支持しないだのとは言えない立場である。 「あなたがたに選択肢を示します。一つ、速やかに退職して自らの生命を大切にする。二つ、速やかに反政府活動に染まる。三つ、いずれも拒否して銃殺」  流石にざわついて互いの顔を見合わせるが、やはりわけもわからず命を失うのは誰しもが嫌でほぼ全員が退職を選択した。  その姿勢をしめしている限りどこか違う街で再就職も簡単なのだろう。  たった一人残った局長がクァトロを支持してみようと述べると部隊から拍手喝采で迎えられ満更でもなさそうだった。  館内放送にラジオ局からの放送が流れてくる。  気を利かせた誰かがボリュームを大きくした。 「反政府組織クァトロである。たった今チナンデガ市をオルテガ政府は放棄した。国が傾き失業者が増えそれでも自らは豪奢な車に乗って贅沢をしているオルテガは許されるのだろうか! 国民から絞り上げてうまい汁を吸うなんて王家もオルテガも沢山だ! 我々の未来は自らの手で掴み取ろうではないか、もうそれは伸ばせば届くところにあるのだから!」  テレビ放送に目をやっても反政府運動のシーンばかりを繰り返して放送し続けている、テロップにはミスキート族の自治を支持するとも流れる。  オフィスに戻った職員達に対して行った残党狩り、つまりは告発された者達は十人を越えた。  彼らにはその場で退職を強制し、姓名顔写真を揃えて次に公務についていたら排除すると脅迫して追い出した。 「C中隊海賊放送開始しました」 「B中隊も政庁占拠完了のようです」  指揮車両に陸軍司令部爆撃の情報ももたらされる。  ――さあ出て来いよジューコフ! 「指揮車両、A中隊、目標は確認したか」 「A中隊、指揮車両、どうやら街の東にある郊外にキャンプ中の模様」 「詳細を」  これを叩くとなるとかなりの被害を覚悟しなければならない、しかしこれ無くしてはクァトロもまた立ちゆかなくなるだろう。 「地番二十二南四、チャド空港程度の広さに凡そ八百が駐屯」  適当なサイズが浮かばずに昔作戦したことがある場所で説明する。  ――やけに少ないな、中隊一つ別行動でもしているのか? 「了解、そのまま待機せよ」 「指揮車両、B中隊、現地より地番二十二南七へと移動せよ」 「B中隊、指揮車両、了解」  警察署にはC中隊から小隊が派遣されていた。  こちらは銃を構えて乗り込むと抵抗らしい抵抗はなかった。  署長クラスは当然政権側であるが、一般警官らは政治的活動を目的とした騒乱には加わることも阻害することもない。  銃撃戦を行えと命令しても遵守する警官が少ないだろうと署長も沈黙により中立を決め込んでしまう。  今更旗色を変えるわけにも行かないだろうと判断した中尉が小隊を引き上げさせる。  一応海軍側の司令部にも哨戒部隊を出したがやはり基地から避難して港から出航してゆく艦艇多数との報告が上がってきていた。  ――場は整った、ジューコフが居るか居ないかは運次第だ!  じっと各部隊が配置場所にまでたどり着くのを待って目を閉じる。  戦争を起こしているのに銃撃音も無ければ飛行機の爆音も今はない。  固定の建物を壊すには適当であるが人間を狙うには速度が有りすぎる為に攻撃機は引き返していったのだ。  司令部で徴発した車で野戦連隊の駐屯地にと乗り付けたジューコフ少佐は警備兵に止められた。 「貴様等では話にならん、上級将校を連れてこい」  流石に軍事顧問の話を聞き及んでいたために伺いをたてる、するとフェルナンド大佐が自ら登場してきたものだから少佐も満足する。 「軍事顧問ジューコフ少佐です」 「当連隊長のフェルナンド大佐だ」  続きは幕舎でと誘われて奥へと進む。  駐屯地からでも市街地に爆撃があったのを確認しており、それが陸軍司令部なのも把握していた。  だからこそわざわざ郊外に軍を置いていると言える。 「少佐がやってきた理由を聞かせてもらおうか」 「司令部が爆撃により倒壊し散り散りに退避するよりも、秩序ある連隊による反撃を望むからです」  真っ向司令部批判に取られてもおかしくない内容ではあったが、フェルナンドも逃げずに戦えと叫びたかったので頷いた。 「して少佐は連隊に何をもたらしてくれる?」  値踏みするかのような視線を投げ掛ける。 「Suー25k地上攻撃機を首都から三機飛ばさせましょう」 「うむっ! あの機か……よかろう少佐を臨時で幕僚に連ねよう」 「では首都までの通信だけ繋いでいただきたい。軍事顧問らが出たら自分が替わりますので」  大佐としては空軍の許可をどのように得るのか興味あるところであった。  中隊を一つ引き連れて集落を巡察しにいった副長からの連絡が無いのが気にはなったが、まさかクァトロが士気に満ちていたとしてもわざわざ本拠地に乗り込んできた上で、自らよりも多数の軍勢に攻撃はしてこまいと落ち着いていた。  ――引き揚げたところを追撃してやればいい、そうしたら敗戦の中で俺だけ勝ち組だ!  通信担当が少佐にと替わる。 「俺だ、グラーチュで三人ともチナンデガに来るんだ!」 「ダー。最短で八十分かかります」 「構わん制止は全て無視しろ、俺の命令だ」 「ポニャル!」  通信を切断して向き直る。 「部下なんてのは命令してなんぼですよ。さあ到着までの間に作戦を練りましょう大佐」  信じられないものを見たかのように目を丸くして小さく頭を上下に動かすのであった。  ――まさに独断専行だな!  指揮車両に最後の部隊が戦闘配備についたと報告が上がる。  珍しく島自らが通信機を手に取り部隊全体にと向ける、敵味方全てが受信するであろうことを知って攻撃を命じるつもりだ。 「イーリヤ中佐だ。チナンデガ市街地は悉く反政府に染まった、守備兵は戦わずに逃亡する有り様、残るは郊外に駐屯している部隊のみだ、各位の奮闘に期待する、攻撃開始!」  戦闘要員だけで六百人を越えたクァトロがついに昔日の因縁相手に銃口を向けて進む。  最初に機械化小隊からの機銃が放たれた、やや遅れて歩兵ライフルが多数鳴り響いた。  不思議なことに敵からの反撃が鈍かった。  だが部隊はそれを士気の欠如だと受け取り積極果敢に距離を詰め始める。  肩付けしてロケット弾を撃ち込むとあちこちで派手な爆発が起きる。  RPGー2と呼ばれる一昔前のソ連で作られた傑作品は世界中の歩兵の頼れる兵器として利用され続けている。  後継のRPGー7より一回り弾頭が小さく威力や射程の面では劣るが、なんといっても使い回し出来る上に安価、これにつきた。  威力が小さいとは言え装甲を少しだけ追加したような、例えば島の装甲指揮車両などは命中したら砕け散るのは間違いない力位は持っている。  一番乗りを果たしたのはA中隊所属の突撃分隊であった。  その分隊長はプレトリアスと共にあの館に突入したビダ伍長で、今回も自ら先頭で分隊を率いている。  A中隊には特に多くの兵が配備されており大隊長直属の中隊として編成されている。  島がこの中隊を取り上げて替わりに大尉を他中隊に据えるか、同じ中隊に司令部を重ねるかが普通と言えば普通である。  それをせずに島が付属するような形になっているのは、遠くない未来を見据えてのことなのだろう。  広さだけならばかなりの敷地ではあるが、塹壕やら宿舎やらの施設がバラバラと存在するだけで要塞化されているわけでもない。  臨時の移動を主体とする野戦連隊が逗留先に恒久的な要塞を持つのが異常なので不思議はない。  防衛ラインを何とか維持しているような様子は先ほどから変わらない。  大佐が悠長に構えていて攻撃を受けて初めて各自反撃と叫んだなどとは島やロマノフスキーでは想像出来ないだろう。  時に人は自分が出来ることは他人も出来ると勘違いしてしまうのだ。  全体が危なげなく有利に動いている、戦闘経験の違いが現れたかのように。 「第7哨戒部隊、指揮車両、国道に履帯跡がありそちらに向かっています」 「指揮車両、第7哨戒部隊、履帯幅と跡の本数を確認せよ」  事前にキャッチ出来たと思った瞬間に突如耳をつんざくような音と、車両を上下させるような物凄い衝撃がやってきた。  乗員も一時的に意識朦朧とし、島もあちこち派手に体をぶつけて何をしている最中だったか一瞬不明になる。 「直撃でも受けたか!?」  そう聞いてもまだ皆回復しておらずに唸っている。  自らスピーカーを使い衛生班を回すようにと手配する。  指揮車両から下車してみると遥か彼方から移動してくる戦車が見えた。 「畜生がまぐれで掠ったか!」  指揮車両被弾との報を受けて慌ててやってきた衛生兵に治療を受けながら戦車の処置を考える。  運び出された通信兵らは担架のまま木陰へ並べられる、負傷はしても死亡は無いようだ。  暫く使ってはきたがこの場では利用不能と判断し、指揮車両からC中隊の指揮所に移ることにする。  島が指揮所に入ると要員が起立敬礼で招き入れる。 「きついのを一発貰ったようですが、生きているのが幸運でしょう中佐殿」  戦車砲なんか掠っただけで即死が常識とばかりに。 「俺は幸運の女神にダース単位で知り合いがいてね。暫くここを司令部としてつかわせてもらう」  ご自由にと中尉が自身の居場所を譲り隣に立つ。 「いま噂の戦車を相手にするため分隊を向かわせています。一両だけなのでどうにかするでしょう」  随伴歩兵が居なかったり単独の戦車は案外対処しやすいと言わんばかりに報告する。 「RPG2を何基か与えておけば最悪足は止まるだろう。通信兵が全滅中だ、中隊から召集して補充を」 「揃うまではこいつら丸ごと併用してもらいましょう」  幸いなことにアフリカーンズ語を理解する伍長がここにも居るため三点間での長距離無線は機密性を保てるままとなる。  ようやく椅子に座り落ち着いたので各部の状況報告を行うことにした。  A中隊が敵陣に楔のように刺さり他は包囲攻撃中、そのように簡単に整理して考える。  ――B中隊にも押し出させて端を隣接させたいところだな。 「司令部、B中隊、攻撃を強めてA中隊との接点で連携可能にさせろ」 「B中隊、司令部、了解」  指揮車両から司令部へと名前を変えたが特に混乱も動揺も感じられなかった。  相変わらず敵の動きは鈍い、それなのに崩壊はなかなかしない。  頑張りなのか何かの策なのか判然としないまま少し時間が流れる。 「A中隊、司令部、B中隊と接触、同時攻撃命令を具申」  ――やるならばそれがよかろう。  島が了承をと通信兵に返させようとしたその時、別の箇所で受信する。 「B中隊、司令部、後方より民兵と敵中隊が出現、予備で緊急交戦中、至急来援願う」 「司令部、B中隊、了解。敵本陣への攻撃を引き下げ防御に移れ」  返事を途中で差し止めて優先順位の高い内容から命令を与えてゆく。 「マリー少尉に機械化小隊でB中隊の後背から迫る新手を至急攻撃させろ!」  足を止めさせておいて予備を補充してやらねばと自らの総予備から二個分隊を走らせるよう軍曹に命令する。 「通信、A中隊には協調攻撃を却下と伝えろ」  他に何か忘れてないかと少し考える。 「中尉、戦車はどうなった?」 「追尾交戦中です」  ――民兵を連れての側背伏兵攻撃を仕掛けてくるとは一筋縄ではいかんぞ!  A中隊でも少ししてから新手がB中隊側に現れたと知って一斉攻撃を断念する。  時間がたつにつれ数に押されて進出した陣地域を少しずつ喪失していった。  機械化分隊二つが敵増援を左手に捉えて距離を取り縦陣のまま側面を激しく機銃掃射する。  その一連射で民兵は伏せて動かなくなるが、敵中隊は変わらずにB中隊に向けて攻撃するのを緩めない。 「機械化小隊、司令部、やっこさん気合いが入ってますぜ、威嚇じゃ足留めにもなりそうにありません」  マリー少尉はフランス語で報告を上げる。 「司令部、機械化小隊、解っている可能な限りで構わない。白兵戦を仕掛けたりはしてくれるなよ」 「あの時はレジオンの独壇場だったらしいですからね。中距離射撃だけで援護しておきます」  少尉の視界先に小さく蠢く兵を射的のように狙う車両が入ってくる。  北の空から何かが近づいてきて、それが戦闘ヘリだとわかるとクァトロ兵らが活気づく。 「ヒャッハーブラザー華麗に推参だ!」  誰がブラザーなんだと突っ込みを入れたくなる、大佐の幕僚にはなかなか面白い人材がいるようだ。 「クァトロのイーリヤ中佐だ、来援に感謝する。広場に集まっているうち黒は味方なので誤射に注意を」  ニカラグア兵は緑のパターン軍服なので目視で判別可能である。  クァトロは反政府武装組織ではあるがテロリストではない、そのため軍服を着用して戦闘行為を遂行している。  この差は大きく交戦権を得られるかどうかで非常に重要な要件を占めている。  テロリストを捕縛しても捕虜になる権利は与えられず、かといって非人道的と拷問などをしてもいけず、結果として捕縛の後に処分これが何故か抗議が少ないのも不思議なものである。  チョッパーが緑の固まる場所にこれでもかとロケットや機関砲を撃ち込む、その度に黒いものが進出して陣地を奪ってゆく。 「中佐、戦車の破壊に成功したようです」 「そうか戻ったら報奨を与えたいから名前を調べといてくれ。人が戦車に立ち向かうのはかなりの勇気が必要だからな」  人を殺すためだけに生産された鉄の塊に銃口を向けられ迫られて平気なものがいたら教えてもらいたいものである。  執拗なまでのつきまといで敵中隊に攻撃を続けている機械化分隊、一定の成果は上がっているようだが劇的なところには至らない。  ――マリーとビダをセットに突撃小隊を編成したら相乗効果があるかも知れんな。  緩い任務では冴えが見えないため適性が違うのだろうとメモしておく。  ふとしたところでチョッパーが慌てて北へと進路をとる、何か嫌な予感が胸を過ぎるのだった。  国際港では様々な情報のやり取りが行われていた。  その中でニカラグアとクァトロの紛争が上位に連なって数ヶ月、ついにチナンデガ市内に侵攻すると噂が流れて軍兵が姿を見せ空爆が始まったので軍艦はこぞって湾内から洋上に離脱した。  狭い箇所では何か起きても身動きが取れないためである。  その避難組の中の一隻、統合情報作戦室では士官らが無線に集中しながら成り行きを楽しんでいた。  娯楽が少ない上に訓練にもなるため室長は黙って眺めている。  そこへキュリス中佐も入室し模様眺めに加わる。  各所での会話を一カ所で集めて聞くことが出来る指揮者用の椅子に座り室長に尋ねる。 「どうだね彼らは」 「クァトロのイーリヤ中佐ってのはなかなか度胸がありますな、中隊三つで都市に切り込み守備隊は敗走しました」  どのような戦いで敗走したかまでは緊急出航している最中だったため把握していない。 「先進地域では考えられない結果だと私も思うよ。チョルチカではダオ中佐とも呼ばれてるようだ」 「するとアメリカではアイランド中佐ですね」  スピーカーから通信があれこれ漏れ聞こえてくる。  殆どが戦闘交信なのでスペイン語がさっぱりだと意味が分からない。  たまに英語やフランス語が混ざる程度ではあるが、スペイン語担当が必死に通訳を続ける。 「チャドラチュトヘヴンってなんだっけ?」  チャド空港だろと誰かが声を上げる、不明単語のメモをチェックしているのだ。 「おっ、フランス語の無線だ……何々レジオンの独壇場だった?」  その部分は出力が強い指令用が使われていたようでやけにはっきりと届いたようだ。  キュリスらもこんな場所でレジオンとは驚いた。 「まあ世界中どこに現れてもおかしくはありませんからね」 「全くだ少佐、彼らならばな。だが現在外人部隊はニカラグアに展開してはないないそうだよ」  故あってその存在を気にしていることを明かす。  レーダー監視から「チョッパー四機が戦場に向かっています」と報告が入るやすぐに「Suー25k三機も南から戦場に向かっています」と追加された。 「チョッパーとスホーイでは勝負にならん、今回はクァトロの負けになるかも知れんな」  空戦司令のキュリス中佐が地上攻撃能力の高さを理解しているためそう呟く。 「自分もそう思います。しかしいつからニカラグアはそれを保持していたか、保有宣言がなければ国籍不明機とかわりありませんからな」  機体に国籍マークがついているなら中途でも良いだろうが。  適当なところで切り上げようと腰を浮かせると士官らの会話が耳にはいる。 「俺イーリヤ中佐っての見たぜ、東洋人の男で三十歳位の格闘がやたら強いやつなんだ」 「どこで見たんだよ」 「チョルチカの市場でだ、米兵二人相手に秒殺だった」 「そりゃ強いな。東洋人って?」 「多分あれは日本人だと思うよ、自信はないけどテレビでトーキョーの人間を見たことはある、似ていた」  ――日本人だと? 自衛隊以外で戦争に関係する日本人は少ないな。 「おい誰か、イーリヤやダオを日本語に出来る奴はいるか?」  通信兵がパソコンを操作して少しするとどちらも同じ単語であるため答える。 「はっ、いずれもシーマであります中佐」 「うむ!」  詰まった声だけ残してキュリス中佐は慌てて退室していった。  その日は珍しくオルテガの機嫌がよかった。  国連の議決でアメリカが提出した案が否決されたからである、内容は何でもよかった、ただ否決されたのが嬉しいのだ。  ウンベルトがそれを知ってか知らずか党首室へと報告の為にやってきた。 「閣下、定期報告に参りました」  部屋には秘書官の他に見慣れない事務官が一人いた。 「ウンベルトか丁度いいお前も報告を一緒に聞いていけ」 「はい」  何だろうと思ったが兄がご機嫌なため黙って従う。 「オルテガ中将閣下、初めまして情報部のマドラス審議官です」  自己紹介を行い一旦言葉を区切ると大統領にと向き直る。 「調査報告致します。イーリヤ中佐、チョルチカでは一部ダオと自称している東洋人で三十歳前後と判明しました。ダオはベトナム語のイーリヤなので大柄なベトナム人なのかも知れません」  ――何ベトナム人だと? そうするとベトナム語をまだ隠し持っているわけか。  ウンベルトは前に感じたものを確信した、イーリヤ中佐はきっとまだ驚きを秘めているだろうと 「中佐は英語、フランス語、スペイン語、ロシア語、、アラビア語を理解し恐らくはベトナム語もそうでしょう。事務をオズワルト少佐、戦闘をロマノフスキー大尉に補佐させて組織を運営。経費は現金支払いで出元は不明ですがレンピラが給与に渡されています」 「レンピラを現金払いでは地元の信用も強かろう。語学堪能な若者か、それでいて搦め手まで巧いときたら言うことはないな」  努力無しでそうなったわけではないのを承知で評価する。  オルテガに限らず有能な敵を認めることは良くある話で、無能な味方とどちらが害になるか比較されるのだ。 「そんな若者が部下にいたら権限を与えたくなるか、逆に自らの地位を追いやられるのを警戒するかですな」 「ウンベルトならどちらだ?」 「今の自分なら地位と権限を与えて孫娘でもいようものなら嫁に出したい位です」  有能な味方にするのが一番だときっぱりと答えをだす。  ダニエルもそれが出来るならそうしたいと相槌をうつ。 「して定期報告だったか」  すっかり感心してしまい来た理由を忘れてしまっていた。 「そうでした。コスタリカ方面に部隊を配備して攻撃準備をさせています」 「うむ、それでコスタリカがパストラの亡命をノとも言うまいがね」  抗議の為に武力を行使する、それが中米の常識である。
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