第四十四章 対決の行方

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第四十四章 対決の行方

◇  要塞正面からトラックを引き連れ入城する面々があった。  疲れなど微塵も見せずに堂々とした足取りである。 「ハマダ小隊が帰還しました」  通信兵が予定にあった帰着がなされたことを報告しに来る。 「わかった」  戦闘服に深目の軍帽を被ってエーンを引き連れて広場に向かう。  トラック他のチェックが済んだとドゥリー軍曹が駆けてきて申告する。  頷いて兵が整列している眼前に姿を表した。 「気を付けー! 司令官に敬礼!」  ビダ曹長が兵士に号令をかけると一斉に島に向かい敬礼した。  ゆっくりと答礼してハマダ少尉の申告を待つ。 「キサンガニへの輸送隊を殲滅し、荷物を奪取しました」 「ご苦労、詳細は追って沙汰する。今日の宴会は君達が主役だ、拍手を!」  島自らわざわざそう煽って広場を後にする。  将校だけは司令部に集まるよう言い残して、兵士らには楽しむようにと取り計らう。  ハマダ少尉だけビールをお預けにされたが笑顔がかいまみえた。  降格して以来、作戦指揮をしたことなどなかったが、無事に帰着したので安心したのだろう。  長机をぐるりと囲む形で士官が座る。  エーンだけは起立して警護するつもりであったようだが、たまには座れと言われて素直に従った。 「ハマダ、具合はどうだった」 「はい、この為にやってきたんだと感じました」  そいつは良かった、と小さく頷いて一拍おく。 「では今後の方針を決めるぞ、思うところあったら遠慮なく意見してくれ」  顔を見回してレティシアだけはいつも通りで良いと心で呟く。  特別にシーリネン大尉にまで出席してまらっている。  居ないのはロマノフスキーとブッフバルトだけとしたほうがわかりやすいだろうか。 「我々はこれから名を上げる活動を行う。何でもよい、各自がこうしたらと感じたことがらを言ってくれ。中尉」  指名されて不在のロマノフスキーに代わって会議の進行を任せる。 「出番が少なくて寂しかったですよ。宣伝でも突撃でも何でもどうぞ、挙手も不要で」  いつ運んできたのかホワイトボードが登場して、マリーがペンを手にして構える。  自身が口にした宣伝強化と首都突撃などと冗談混じりで書き出す。 「難民の保護宣言を」 「敵勢力の打倒」 「メディアで声明を」 「有力者に売り込み」 「都市の占拠」  一度にあちこちから意見が上がってきた。  話を止めることなくサラサラと内容を要約してボードに書き込む。 「他は?」  まだまだあるだろうと引き出しにかかる。 「外国からの支援」 「公共工事への協力」  発言が出るには出るが形は違えど要約してしまうと同じようなものでしかない。 「カビラ大統領に賄賂でも渡して政府で名前を連呼させちゃどうだい」  ――発想は悪くないそ! だが気分次第で名を貶められる可能性も否定できない。 「まあこんなとこでしょうか、大佐」  ボードには沢山書かれているがピンと来るものが今一つ無い。  どこかパンチに欠けるものばかりで、悪くは無いが手放しで喜べない。 「破天荒な作戦にしては皆の意見が丸いな、下士官らからの思い付きでも構わん、二日後に再度集まるまでに別案を持ち寄ってくれ」  三十分程で作戦会議を終わらせ解散してしまう。  ――自分で考えるしかないか。  皆が去った後の部屋で一人腕を組んで考え込む。  ――敵だと信じていたカビラ大統領を利用する案は悪くない。  これをいかにして使うかが鍵になりそうな気がする。  味方につけるには矛盾が伴うが、協力するだけならば何とかなるんじゃないだろうか。  双方が納得行く部分を調べて計画を練ってみるとしよう。  椅子を蹴って立ち上がる。部屋に戻り戦闘服からラフな格好にと着替えた。  エーンにもそうするように指示して四人で出掛けるといい放ち、ガレージに向かい歩いて行く。  適当にジープを選んで乗り込み少尉がやってくるのを待つ。  一分と待たずに三人が駆け寄ってきた。 「お待たせ致しました」 「ブカヴ東の難民キャンプに向かってくれ」  少し探せば簡単に見付かるくらいに難民キャンプは多数設営されている。  ここに限らずキヴ州の付近には国を問わずに多数あるが、その主たる利用者は半数以上がコンゴ難民である。  国内難民とも呼ばれる種別すらあり、ともかく無秩序が招いた結果が横たわっていた。  ウガンダが多くを受け入れてはいるが、その実コンゴの反政府武装勢力を後押しもしている。  番号がプリントされたテントが規則正しく並べられている。  管理をする者が詰めているだろうプレハブ以外には、建物らしいものは見当たらない。  たった一台だけある給水車には果てることがない列が続いていた。  下車してあたりを見回していると、キャンプには女と子供、老人や負傷者しかいないことがわかった。 「男はどうしたか聞いてこい」  護衛が一人で列をなしているところに近付き話し掛ける。  暇だったのだろう、向こうも話に乗ってきた。  数分話をして何かを渡して戻ってくる。 「何を渡したんだ」  エーンが問い質す。 「包帯でして、何かあげたくてもポケットにあったのがそれだけでした」  それでも大切そうに受けとると何度も頭を下げて感謝するものだから、逆に悪い気がしてしまうくらいだと述べた。 「で、どうだったんだ」 「はい、男手は強制的に徴兵されるか、家に残って働いているかのようです。少年も徴兵されるため、テントに隠しているようです」  言われてみて小学生位の女の子はいても、男の子がいないのに気付いた。  ――政府は保護を諦めたか。ならば俺は逆の道を進むだけだ。 「管理小屋に行くぞ」 「ヤ」  エーンがグローブの調子を整える。  プレハブには役人らしい男が四人居り、ラジオを聞きながら寛いでいた。 「おいここは立入禁止だ、難民はテントに戻れ!」  振り返りもせずに頭ごなしに怒声を浴びせてきた。 「ここは管理事務所か? 責任者はどいつだ」  島がフランス語で相手の言い分を無視して尋ねる。  すると男達は初めて誰がきたのかと視線を向けてきた。 「俺がB1地区難民キャンプ管理長だ。お前らは何者だ」 「このキャンプはいつもこんなのか。手抜きをしているわけではあるまいな」 「部外者は帰れ。文句があるなら政府に言うんだな!」  ぺっと唾を吐いて出ていけと仕草で示す。 「良かろう、そうさせてもらう。だが思い違いをするなよ、最善を尽くす義務はお前らにもある」  何をしたのかわからないまま島に従いプレハブを出る。  この後に場所を変えて幾つかのキャンプを訪れるが、同じことの繰り返しであった。  司令室に戻ると島は携帯を手にした。  ――あちらは朝方だろうな。  数回コールしてようやく繋がった。 「斎籐一議員事務所で御座います」 「私はイーリヤだ、斎籐さんを頼む」  日本語のイントネーションが変になっていないかと一瞬気を使う。 「失礼ですがどちらのイーリヤ様でしょうか」  ――どちらもなにもないがね、肩書きがなければ電話すら出来ないものかな。 「友人だよ、伝えてくれたらわかるさ」  どうするべきか判断がつかないため保留にして上司に尋ねる。  秘書もわからないが友人と語る以上、斎籐議員に伺いをたてねばなるまいと扉を叩いた。 「先生、外線にイーリヤと名乗る方からお電話が入っておりますが、お繋ぎ致しましょうか?」  資料を読み込んでいるので暫く話しかけるなと言われていたが、仕方なくそう伝える。 「イーリヤだと、すぐに出る。君もよく覚えておきなさい、彼は私の最大の後援者だよ」  一礼して退室するが、寄付にも票田にもイーリヤなんて名前はどこにもなかったと、何者だったろうかと首を捻るばかりであった。  大分待たされてようやく保留音が消えた。 「私だよ、元気にしているかね」  心底嬉しそうな声で迎えてくれた。 「衆議院議員の当選、おめでとうございます」 「党の公認が得られたのは君のお陰だよ。アレの準備が整ったのかい?」  以前にあった時に話をした内容を思い出す。それ以外に自分に連絡をしてくる理由が思い浮かばなかった。 「はい。東部キヴ州のキャトルエトワールを指定団体として推薦下さい」 「団体まで指定となると私だけでは厳しいかも知れんが……」  見栄を張って承知してから投げ出すような真似をせずに、無理ならば無理と即答する。 「期を見計らって後押しをお願いします。アフリカ機構、イギリス関係、アメリカ関係あたりからのニュースをご注目下さい」 「グローバルな話だな、わかった引き受けよう。団体の形だけでもどこかに登録してあると支援しやすい」 「……エマウス、コンゴ支部を申請してみましょう」  エマウスが何かはわからなかったが、斎籐はわかったと約束してくれた。  お互い健康に気を使おうと言葉を交わして電話を切る。  ――エマウス支部か、まあダメなら自称で構わんだろう。  グロックを呼んで手配させようとしてもう一つ仕込みを挟むことにした。  むー、と暫く唸ってから思い出すのを諦めて、ネットで検索を行う。  と言っても放置してあるフリーサイトにメモしてある自身の書き込みを見るために。  三度番号を読んで覚えると電話をかける。  電話の先で理解不能な言葉が繰り返される。だが英語、次いベトナム語と続けて言語を決めた。 「どーもお世話になってます、ソムサックさんは?」 「ボスに誰が用事?」 「アルジャジーラが」  よくわからないまま大声でソムサックを呼ぶ声が漏れ聞こえてきた。  苦笑すると電話の傍でラオ語らしきやり取りに耳を傾けて待った。 「ソムサックですがアルジャジーラさん?」 「ああ久し振りだ、カルタゴ大学であった者だよ。ベトナムに災害援助物資を手配してもらった」  昔の笑い話を持ち出して思い起こさせる。 「あの時の! 随分とお久し振りです」  ――何だか客相手の商売人らしくなったな? 「覚えていて貰えて嬉しいよ」  実際に自分も忘れていた位なので忘れられていても不満もなにもないが。 「実はあの仕事が転機で随分と頑張りました。今では団を仕切らせてもらってます」  話しやすい言語があれば合わせますが、とまで気を使ってきた。  ――時間は人を育てるか。 「また頼めるかな、ちょっと遠いが」 「是非ともお願いします。オーストラリアでもアメリカでもアフリカでも納めさせていただきます」  リップサービスだろう大陸どころを並べてきたが、島は悪のりして言葉尻に乗っかる。 「そいつは助かる、実はアフリカに居るんだよ。コンゴだ」 「コ、コンゴですか!」  まさかまさかの場所に輸送の苦労が頭を過ったらしく躊躇するような空気が伝わってきた。 「正確にはタンガニーカ湖まで来てもらえたらで構わない」 「少々お待ちを――」  ガサガサと紙を扱う音が聞こえてくる。地図を調べているのだろう。  湖から河を指でなぞってインド洋に繋がっているのを確認したらしく、デリバリーは可能だと判断したようだ。 「少々日数を頂きますがお持ちします。また災害備蓄の品でしょうか?」 「長期輸送に耐えられる食糧品、ファーストエイドキット、手動充電式のラジオ、筆記用具にノート、ポリ塩化タンクフィルム、裁縫セット、布地のロールだ」  思い浮かべた品を次々と言葉にして行く。 「それは……後進支援の何かでしょうか?」 「正解。難民へ配ってやろうと思ってね。タンガニーカ湖付近に集積所がある、そこへ一発だよ」  少しお待ちをと受話器をおいてメモから目安の金額や個数を算出してみる。  彼も長いこと生業としてきたようで、どうすれば話がまとめやすいかのノウハウを身に付けていた。 「一式千人分の目安ですが、三万ユーロで二ヶ月分の食糧と備品、これに船賃を一艘で」  ――一人頭たったの三十ユーロか、だが貧困地域の年収が三百ドルしかないんだ案外妥当な数字か。  当時はたったの五千ユーロで心を揺らしていたソムサックだが、かなりの取引をしてきたのだろう。  一方で難民は五十万人はいるそうだ。もっともブカヴ近くにはそこまで固まっていない。 「では二十セットを運んでもらいたい、六十万ユーロと船賃だな」 「そんなに! あなたは一体何者なんですか」  以前もフラりと現れたソムサックに初対面で注文をし、今回も大金をいとも軽々と動かす。 「ただの世話焼きだよ。前金で二割、タンザニアに着いたら三割、引渡しに成功で五割を支払う。ソマリアの海賊対策はそちらもちだぞ」  海賊はソムサックで河に入れば島の側で責任を負うと区分を決める。  詳しくは二人を派遣するからと、契約場所にシンガポールを指定した。  都市の規模に比べて警察などの人数が多いため、治安が高いために高額の取引に使われたりする。 「二割あれば仕入は賄えます、こちらに不都合はありません」 「まあ宜しく頼むよ、二回目が必要かも知れんからな。そうなれば規模もまた変わる」  未来への展望をちらつかせてやる気を引き出そうとする。 「次なる転機を感じましたよ」 「俺も精一杯応援させてもらうさ」  無いなら無いで問題ないと割りきって予備の計画だと位置付ける。  それだけに士官は割けない。  内線でグロックとトゥヴェーを呼び出す。  正確にはグロックにトゥヴェーを連れて一緒に来るようにと。  旅団については基本的にグロックを通して命令を発している。  将校に直接はまた別ではあるが。 「グロック先任上級特務曹長、トゥヴェー軍曹、出頭致しました」 「うむ。トゥヴェー軍曹、君はラオスの商人ソムサックをエーン少尉から聞いたことはあるかね」  島が失踪した事件の時に触れたことがあるかどうかと試みに聞いてみる。 「はい。カルタゴ大学で対面し、ベトナムに物資を手配した人物だと記憶しております」  要点をきっちりと抑えているようで回答にもそつなさがうかがえる。  ――コロラドの効果かねこいつは。 「ならば話は早い、そいつから買い物をする。落ち合う場所はシンガポールだ、連絡先とキャッシュカードを渡しておく」  カードをしまいこみ連絡先が書かれた紙を数秒にらむと、失礼と一言、ライターで火をつけて燃やしてしまう。  こんなものがあって盗まれたら、いつ本人とすり変わられるかわかったものではない。 「購入品の詳細はまだ決めていない、現場で適当に調整してくれ。金のこともあるから後に命令書を出す、任意で一名補佐を選ぶんだ」 「ダコール」  退室してよろしい、と軍曹を先に下がらせる。次からの内容は知らなくても構わないことなのだ。 「グロック、エマウスコンゴ支部を称したい。アフリカ援助金の指定団体に使う、予定としてはヒューマンライツウォッチ、アフリカ共同機構、イギリスメディア、そして日本が後援者だ」 「非政府組織で民間団体、多国籍で自由な役員選任。傀儡でなければ自称の類いが好都合でしょう」  NGOだのNPOだのと呼ばれるものにはそれなりのルールが課せられている。  その代わりに国際的、公的な側面支援が受けられたりもするのだ。 「匙加減は任せる。国際規則なんてものよりも、俺は現場の幸せを尊重したいね。非難を浴びるのは構わない責任はとるよ」 「その覚悟がおありならばお任せください。どんな手を使おうとも要件を満たしてみせましょう」 「不穏当な発言は控え目にしてくれ、寿命が縮む」  苦笑しながら目的が達せられる確信を得た。 「キゴマですが、補給基地としての規模を拡大する必要が御座いましょう」  珍しくヒントではなくダイレクトな助言を当ててきた。  ――そこに秘密が隠されているわけだな。単なる物置小屋から兵隊が見張る集積所に変わったとき、さて何が起きるかを考えるんだ。 「キゴマ市長について詳しく調べるようにコロラド曹長に命じておけ」  物事の道筋は複数なければならない、それに準じて別方向からの視野で次を思案する。  ――キゴマであるべきかどうか不明だな。対岸のウヴィラやフィジでダメってことはなかろうよ。 「ロマノフスキーに補給基地を兼ねることが可能かを模索させておけ」 「ダコール」  指示に満足したようでようやく返事を寄越した。  ――これで安心しちゃならんぞ、ここからが俺の役割だ。 「ドドマのラジオミドルアフリカ、ンデベ局員に特派員の予定をするように伝えてくれ、キャトルエトワールのアイランドだよ」  宣伝攻勢の一つを始めるために仕込みをしてある札を持ち出す。  問題は偏屈な者が配されたときにどうなるか、といったことくらいだ。  細かい命令内容を問われて調整するとグロックは司令室から立ち去っていった。  ――そこであと一つ。マリーが昔に言った奥の手ってやつを増やしたい。  公共のリストから番号を調べてプッシュする。  頼る相手が居るだけありがたいことだと。 「イーリヤ大佐だ、閣下はいらっしゃるかね。……そうだ、繋いでくれ」  日を改めて行うとしていた将校連絡会議を再度行った。  前回とは違い答えを予め用意する義務がマリー中尉に課せられている。  そういった意味ではレヴァンティン大尉もシーリネン大尉も、権限が少ないぶん責任も小さい。  全員が揃っているところに遅れて島が入室する。  起立して待っていた皆も島の着席を見届けてから椅子に腰掛けた。 「先日の宿題ですが答えあわせをしたいと思います」  中尉がいつもの調子で軽く切り出す。 「早速聞かせてもらおう、俺を唸らせてくれよ」  微笑を浮かべて上がってくる内容に耳を傾けようとする。  事前に三十分程時間があったので、島以外は皆が承知しているものでもある。 「知名度を高めるには真心が一番とまとまりました。キャンプを巡る娯楽を幾つか設立しようかと」 「なるほど、注目度は抜群だな。キャンプでは無限と思えるだけの暇があるが自由は驚くほどに少ない」  印象に残る何かがキャトルエトワールであれば実質的な宣伝力は極めて高いだろう。 「次に教育の場を設ける案です。定番ではありますが行政が担当出来ないならば、ボランティアがしゃしゃりでても文句は出さんでしょう」 「現地人の教師を採用してやればだな。筆記用具の果てまで用意してやらねば、彼等には何もかもが無い」  それは補給担当に言っておこうと請け負う。 「変化球を二つ。これらは下からの意見で面白いと感じたものです。内職じみた何かの仕事を与えて欲しいと、頼ってばかりいると卑屈になってしまうので遣り甲斐を求めての発想のようです」 「使役したとあっては困ることもあるだろうが、気持ちは理解できるな。廃品回収からの資源リサイクルなんてどうかな」  エマウスの活動を丸々提示してやる、実態があった方が旅団にとっても好都合なのだ。 「右から左でよくもまあ思いついたものだねぇ。何かあるんだろ」  ――察しが良いことで。  苦笑してネタばらしをしてしまう。 「実はエマウスコンゴ支部を申請してやろうかと思ってな。主な事業がリサイクルで頭に残っていたわけだ」  もったいない精神だよ、と表す。日本語が世界の固有名詞になったモッタイナイ。これには英語もフランス語もスペイン語も該当する単語がない。 「大佐に予測されていたなら残念賞ですな。最後はキャンプに多数の美容師を投入するです」 「美容師というと、パーマネントだのカットだのするあれか?」  理髪師ならば定数いたりするだろうと返す。 「いえね、かーちゃんが綺麗になれば皆が嬉しいだろうと言う奴がいましてね」 「富貴にして善をなし易く、貧賤にして功をなし難し、か」  次の一歩だなと納得する。 「何ですかそれは?」 「ん、ああこれはあれだ、あれこれ満ち足りてきたら周りがよく見えてくるってやつだよ。生きるに必死では他を構っていられんからな」  今度は皆が説明に納得した。 「で、どいつだそんな考えをしたやつは」 「レオポルド上等兵です」 「あいつか!」  ――妙に懐が深いところがあるぞ、使わない手はない。 「ご存知でしたか、何なら金一封でも報いてやりましょうか」  冗談めかした意見だと感じたが気に入ったならばどうかと聞いてくる。 「伍長に昇格させる。言ったことに責任を持たせてやるさ」  金一封もくれてやるよと付け加える。 「部署はいかがいたしましょう」 「先任上級特務曹長に預ける。磨けば光るかも知れんぞこいつは」  ちょうどヌルが居なくなって寂しがっているだろうとも内心呟く。  特派員の取材内容も決まりだなと問題を二つ三つまとめて解決も試みた。 「別件報告が一つ御座います。人民防衛国民軍ですが、怪しい動きを見せております。戦闘を仕掛けてくる可能性が高いです」 「マリー中尉。遠慮はいらん、手を出してきたら痛い目を見せてやるんだ。もう我慢することはない」 「司令官のお言葉、ありがたく頂戴しましょう!」  不敵な笑みを浮かべて胸を張って拝命するのであった。  各自が課せられた責務を全うする時間が流れる。  頃合いだと曹長に手配させて再度のキンシャサ行き計画していた。  ――さて供はどうしたものかな。緊張状態が続けば士官を抜いては目が届かんくなる。  たまには頭ごなしではなく担当の意見を採用してやろうとエーンを呼ぶ。  部屋の外に待機していた彼は声に応じて数秒で眼前に立って敬礼した。 「いかがいたしましたか」 「キンシャサに行く用事が出来た、どうしたら良いと思う?」  曖昧な問い掛けは聞く相手を試しているとも言える。  前回と同じ様に敵のエージェントと対面するつもりならば、と安全面を強化すべきと瞬時に判断を下す。 「護衛分隊を用意致します。事前に現地で半数を下見にあてる猶予を」 「少尉は?」 「当然お供させていただきす」  拒否はさせないとの勢いが感じられる。護衛がエーンの主たる任務であり、他は代理で行えるのだから適当な考えであるのも間違いではない。  ――エーンは自分を安く見積り過ぎている、何かあったらかなりの震度の揺れが起きるとわかっているんだろうか。 「三日後に動く、目的は二つだ。マケンガの手下との話と、要塞に入る総領事のお出迎えだよ」  外交官の随伴をどのようにしたものかを考える。  出国は出来ないのでブジュンブラ空港は行きにしか使えない、ならば帰りは船かゴマ空港に降りるかしか無くなる。 「万事お任せください」 「わかった。レヴァンティン大尉はどうすべきかな」  護衛が多数動員されてしまえば彼女に割くべき部分にも影響が及んでしまう。 「要塞に残っていただきましょう。ただし外出は控えてと要請しておきます」  本来守る側は対象が一緒にいた方が効率よく厚く保護が可能になる。  移動となれば話はかわってくるが、二ヶ所にわかれると片方に目が届かなくなってしまうのは道理だ。それを解消する手段、つまりは部下の育成による自身の代替が重要になってくる。  自身を軽視しながらもかたや職務は重視をする、自己犠牲との結果に結び付きやすい流れが見え隠してしまう。  その者の最善が全てにおける最善とは違う現実がそこにはあった。 「一つ昔話がある聞いていけ」  はっきりと頷いて話をするのを待つ。 「とある航空便がハイジャックされてしまった。その時に一部客を除いて乗客と乗務員は解放されることとなった。だが機長以下の乗務員は客が一人でも残されるならと自発的に人質として居残った。事件が解決して後に乗務員ら全員が処罰された話がある。何が答えと言うわけではないが、エーンも考えてみて欲しい、以上だ」  一方的に告げて切り上げてしまう、考えろとは言いながらも別にどうしろと求める結果があるわけでもない。  単に自己啓発の類いのきっかけを示しただけである。  表情には出さないがきっと島が何を伝えたいかを必死に模索しているだろう。  腕組をして少し黙って考えるふりをしてみる、何かを練っているわけではなく思い付かないかどうかを。  ――総領事が難民認定手続きをしたとしてだ、どうしたら喜ばれるだろうか。  帰国するのが一番なんだろうが、移民を求める一団に新天地は厳しいぞ。  最悪はニカラグアにとの話だが、近場で何とかならんものかね。  まあ何とかならないからこうなっているわけだ、俺が出来る範囲で考えよう。  ヌジリ空港。キンシャサは相変わらずの人混みだった。  エーンが厳選した面子を二人背後に置いて市街地へと繰り出す。  見えはしないが随所に兵を潜ませているそうである。  ――奇襲されたら全くわからんな。時間と場所を特定出来たらあらゆる罠が有効になるわけか。  対テロリストの初歩である思考の源流を再確認する。  スケジュールが厳重に管理されたり、遊説箇所が明らかにされなかったりの要因はこれに尽きる。  前は貧民が今にも襲い掛かって来そうであったが、今回は上着の脇に威嚇のため銃のような盛り上がりを作り敢えて強調していた。  空港を使うために本物ではなく、タオルをいれているだけだが雰囲気が背景にあるため関わろうとはしてこない。  政庁前のカフェに陣取りエージェントがやってくるのを待つ。  妙に治安が高い区域だけに、逆に反政府組織の面々がこのように話し合いをするために用いられているそうで、カフェでの騒乱は御法度だと曹長に注意を受けていた。  スーツ姿の官僚であったり、どこかのVIPだったりと客いりは悪くない。  エーンが何者かを視界に捉えていることに気付いた。  ちらりと視線を流してみると、前に見たことがあるリベンゲである。  隣のテーブルに座り冷たい茶と芋を注文した。 「やはりまた会うことになっただろう」  男に向かず声だけで話し掛ける。はたから見ればエーンと会話しているように見えているだろう。 「キャトルエトワールか、多少は活動しているようだな」  ボスから名前を尋ねられた時に初めて接触があったことを明かした。  するとラジオ番組を持っていたり、キヴ湖に要塞を造っていたりするではないか。  もっともそれらが国に影響を与えたわけではないので、大したことがないと分析していた。 「目下売り出し中でね。前に言った内容だが、やらないか」 「ふん。お前はガキの使いかそれとも全権委任の者か」  契約書などあるわけではない、どのように相手の身分を見極めて話を進めるか、リベンゲの手腕が問われる。 「後者だよ。ミエスーティブ・オーストラフ大尉だ」  平気な顔で偽名を使うのはいつものことなので不自然さは微塵も感じられない。  M23も大佐が頂点だけに、大尉が全権委任をされる幹部に充てられることがある。  そのあたりを突かれて納得せざるを得ない回答をだされたが、リベンゲはそれだけで引き下がらなかった。 「それがお前の妄言でないという証拠が確認されたら上に掛け合おう」  ――様子を探りに来たか、どうしたら首を縦にするもんかな。コロラドはいつもどうしているだろうか。 「どうして欲しい? リクエストを受け付けてやるよ」  競り合いをして一歩も引かずに押す道を選ぶ。  自身から提示をしては不利になりかねないために。 「――そちらはゴマ側の偵察情報を、こちらはブカヴ側のをそれぞれ出しあって納得いけばでどうだ」
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