第1章:下 裏切り者と

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 レンは怯えたように周囲を見回していた。これが本心からくる戸惑いか、それらしく見せるための演技かは分からない。前者であれば攻め込むチャンスだが、実際は後者である可能性が高い。奇襲、暗殺、騙まし討ちを得意とするこの男に油断や侮りは禁物だ。一瞬の隙で命を持っていかれかねない。  だが、そんなことも、分かっていればどうということはない。  レンの演技がどれほど巧みであろうとも、俺には――俺だけにはそれが初めから嘘であると分かっているのだから。 「とぼけても無駄だ。雪城レン――いや、反政府異能力者集団(ナグルファル)幹部、ベストラ!」 「な、何を出鱈目な……、支部長! この男は何者です!? このように得体の知れない男がどうしてアスガルド支部に……」  俺と話をしても無駄と判断したのか、レンは俺の背後で事の成り行きを見守っていた日比谷に問いかける。助力を請うように。  だが……。 「うーん、ホントに何と言っていいか。でも、ちょうどいいか」  後半は誰にともなく呟いて、それから日比谷は遠巻きにこちらを窺っていた局員を一人呼びつける。 「あー、キミ。大至急情報部に行って雪城レンのデータを調査してくれ。不審な点を全て洗い出すんだ」 「なッ……!」  レンは絶望したような顔で日比谷を見る。 「ど、どうしてです支部長! 何故そこまでこの男を!!」 「うーん、よく分からないんな。どうしてだか黒沢クンの言うことは信頼できるんだ。ホント、どうしてだろうね?」  日比谷は首を傾げる。俺には漠然とだが、その理由が見えていた。  二周目を始めるにあたり、俺が利用した《時間遡行》という異能。効果としては単純に俺が三年前の世界に戻ってきた、ということになるのだが、それは能力の本質を捉え切れていない。《時間遡行》の本質、それは『俺の記憶を除く、全ての物体の状態を指定された時間の状態に復元する』というものである。  つまり、厳密にいうと俺の体験した現象はタイムトラベルではない。世界を丸ごと再構築することで、擬似的に時間をリセットさせたようなものなのである。時間の流れはあくまでも一方通行だ。そして、どれほど強大な能力も完全ではない。それこそ世界丸ごと再構築するような能力だ。記憶の消去にもれがあっても不思議ではない。つまり。
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