第1章:下 裏切り者と

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 俺の得物である木刀はヤツと俺の立つ、丁度中間地点に突き刺さったままだ。こちらに予備の武器はないし、何を隠そう俺の能力(世断刀)は剣状の武器を持たないことには何の役にも立たない。一応こんなときの為に素手でも戦える訓練は積んでいるが、自らの異能を十全に使用して戦うことの出来るベストラに対してそれでどこまで太刀打ちできるかは疑問だった。  不幸中の幸いだったのはベストラの予備武器が銃ではなかったことか。もし二つ目の武器も銃だったら危なかった。先ほどのような離れ業はもうないし、そうなれば先読みの能力で詰め将棋のようにして嬲り殺されるだけだった。だが、ナイフならまだ手は残っている。  俺はベストラに向かって言う。 「もういいだろ。これ以上は不毛だ」 「うん? どういうつもりだぁ?」  ベストラが首を傾げる。 「ここがどこか分からないお前じゃないだろ? 敵の本拠地にいつまでも残ってていいのか」  俺は出来る限り余裕を装ったままで答える。ハッタリは虚勢が肝心だ。  アスガルドは異能力者の戦闘員を多数保持しているが、その大半は支部に常駐しているわけではない。しかし、先ほど支部長室で俺を取り囲んだ警備員は巡回しているし、そろそろ異能者の助っ人も呼び出されてやってくるだろう。そうなればコイツに勝ち目は無い。 「まだ続けるか? 言っとくがお前に勝ち目はないぞ」  残念ながら、これは俺がベストラを倒せると言う意味ではない。  だが、ナイフ相手なら増援が来るまでの時間稼ぎくらい出来る。それさえやりきればまあ、勝利と言えなくもない。 「ぐっ、うう」  ようやくベストラも俺の言わんとすることを理解したようだった。腹立たしげに俺から距離をとる。 「覚えていろよぉ、木刀野郎。次はないからね」 「どうだか。それと俺は木刀野郎じゃない、黒沢悠だ」 「……どーでもいいよぉ」  そう言い残し、ベストラは非常口の方面へ走っていった。 「……ハァ。危なかった」  追いかける力は残っていなかった。三年前に戻ったことで、俺の肉体もまた三年前の状態に戻っていた。戦闘の技術やカンはそのままでも身体がそれについていかなければ話にならない。……イチから鍛え直しか、面倒だな。  ともあれ、二周目、初になる俺の戦闘は何とかドローに終わったのであった。
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