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咄嗟に出たのは最近知り合った希代のバカの名前だった。なまじ珍しい苗字だったものだから頭に残っていたのが幸いだったのか、不幸だったのか。とりあえず、その場を切り抜けたことに安堵していると、
「う、ううううううう嘘だ! ホントだっていうなら証拠を見せてみろ、写真とか!」
伊藤がさらに追求してくる。写真か。流石にそれはない。そこで俺は一計を案じることにした。
「じゃあ今度、一緒に来るか? 週末、アイツと会うことになってるから」
※※※
そして三日後。
俺と伊藤と猫平は波奈市の駅前に集合していた。
「う、嘘じゃなかった……だと……?」
某死神漫画のようなリアクションで驚愕を表す伊藤とは対照的に、猫平は随分と楽しそうだった。先日アスガルド支部内で会ったとき、『何でも奢ってやるから週末一日付き合ってくれ』と言ったらあっさりついてきた。この純粋――もとい単純さ、悪い大人に騙されないか心配だ。
それにしても猫平だが、バカなことを除けば案外見た目は悪くない。名前に反して見た目は子犬っぽいが、なんていうか放っておけない魅力のようなものがある。おそらく好きなヤツは好きなタイプだろう。バカだけど。
俺達は三人で適当に休日の街をぶらついて回った。初めは敗北感に打ちひしがれて拗ねていた伊藤も、時間が経つにつれ、持ち前のお調子者らしさを取り戻し、場を盛り上げてくれた。
楽しい時間というのはあっという間に過ぎるもので、気付けば時計の針は午後五時過ぎを指していた。
「そろそろ帰るか」
「そうだな、今日は楽しかった。それと黒沢、疑って悪かった」
そう言って伊藤が俺に頭を下げる。……やめてくれ。ストーカー騒ぎのほとぼりが冷めたら、本当のことを白状しようと思っていたのだが、いつの間にかもう言い出せない雰囲気になっていた。胃がきりきり痛む。胃潰瘍になりそうだ。
「わたしも! 今日は! 楽しかった! ありがとう! ユウさん!!」
「はいはい」
お前のせいで俺の財布は随分軽くなったけどな。
「ねえ! もし良かったら! いつかまた! 三人で――」
猫平の言葉は、途中で奇妙にかき消された。その理由を、俺は認めたくなかった。
「狙撃……嘘だろッ!?」
猫平の胸には、真っ赤な血の花が咲いていた。
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