第1章:上 二周目

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「ふぅん? ボクはキミに名前を教えた覚えはないけどねえ?」  銃を構える男達の向こうで高級そうな椅子に背を預け、悠然と俺のことを見下ろしながら日比谷支部長はそんな風に言って笑った。  愉快で愉快で堪らないと言った様子だ。俺はコイツのことをよく知っている。こんな面白い展開になって、日比谷が俺をそう簡単に殺したり、牢獄に隔離したりはしない。そんな確信があった。 「教えてほしいなぁ。どうしてキミはボクの名前を知っているのかな?」  日比谷が俺に訊いてくる。長身に安物のスーツ。ボサボサの髪。人を食ったような薄い笑顔。どれもこれも俺が知っている日比谷の姿そのままだった。  俺は余裕のある態度を崩さずに言う。 「……なんだったら、もっと言ってやろうか? 日比谷支部長、本名日比谷トオル。誕生日は八月十日で年齢は今年で二十九歳。血液型はAB型で趣味は読書。好きな作家はラフカディオ・ハーンだったか」  俺の言葉に、今度こそ日比谷は目を丸くして驚いた。 「これは凄い! 全部正解だよ、年齢を除いてはね」 「何だ? 年齢は永遠の十五歳、とでも言うつもりか?」 「それもいいけどね。ボクはまだ二十六歳だよ」  ああそうか、と俺は自分の間違いに気付く。一周目、今から三年後の時点で日比谷は二十九歳だった。従って二周目の現在はそこから三年前ということで、二十六歳が正解だった。まったく、我ながら間抜けなことだ。 「とはいえ、他は全部正しいし、好きな作家さんなんて人に話した覚えもないんだけど」 「かもな。本棚にいっぱい並んでたから、そうなんじゃないかと思っただけだ」  俺は真っ直ぐに日比谷の目を見る。ここからどうなるか、俺には上手く転ぶことに賭けることしかできなかった。 「……銃を下ろしてくれ」  日比谷が命じると、俺に銃を向けていた男達は一様に一歩下がり、そこで銃を下ろした。空いたスペースに日比谷が入ってきて、俺に手を差し出す。 「始めまして……いや、もしかしたらキミにとっては“久しぶり”なのかな。あえて嬉しいよ」  俺は日比谷の理解力に驚く。元からこの男の頭が相当良いことは知っていたが、改めてその片鱗を見せ付けられる。  差し出された手を握り返し、俺と日比谷は再会の握手を交わした。
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