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都心の老人ホームは入居料が高額な上にどこも満室な為、関東近郊の人里離れた土地にあるもみのき園は、認知症の母にとって妥当な場所だった。
淡路博隆には、介護が行き届いているもみのき園が、施設として理想的な場所に思えた。
母の認知は進んでおり、家庭内で世話をすることは限界だったからだ。
もみのき園のような施設が見つかって良かったと、心の底から博隆は思っていた。
東京から九十分以上かけて着いた駅を降りると、廃れた駅前のロータリーで、もみのき園が手配したタクシーが既に淡路博隆を待っていた。
「文字を書けるまで回復したなんて、電話で話しを聞いても信じられないな」
「何年も顔を見ていない息子さんに会いたいっていう、親御さんの強い想いですよ。家族の絆って大事ですからねえ」
「なにせ自宅から遠いし、バスもなくて不便だからね。近ければ会いに行けるんだが」
「みなさん、そんなもんですよ。最近は家族の繋がりってもんが異常に希薄だからね。こんな世のなかでしょ。育ててくれた両親に恩返しをせず、自分達だけ良きゃいいって考える人が多すぎるんだよねえ。いえ淡路さんのことを言ってんじゃないんですよ。ひでえ時代だからねえ。親がボケたら老人ホームに入れときゃいい。全くひでえ世の中だよ、いやはや。こんなにひでえ世のなかなんだよ」
タクシーの中で淡路博隆は口をつぐまざるを得なかった。アンパンが腐りかけているような丸顔ドライバーからは、博隆へのお門違いの批判と、無礼千万な物言いが次々と出てくる。
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