招待状

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だがクレームを言う前に、開いた扉から中に入ったその瞬間に淡路博隆は絶句していた。 久し振りに見た車椅子の母親は、何やら呻きながら楽しげに笑っていた。 横には真っ赤なセーターを着て、背中まで黒髪を垂らした女性が付き添っていた。 強烈な腐臭に吐き気がし博隆はよろめいた。 車椅子の老人達が囲む中央に、都内で一人暮らしをしている大学生の息子のタカユキと、同年代と思しき若い女が倒れていた。 二人には首輪が嵌められていた。 その手綱を、奇声を発しながら興奮した老人達が引っ張りあい、奪いあっていた。 音程の狂ったクリスマスの歌、手拍子のバチャバチャという音、そして自由になることができずに縛り付けられているまだ若い息子と女の体が、淡路博隆を迎え入れようとしていた。 恐怖におののきながら、博隆は老人ホームのエントランスの自動ドアへと突進した。 だがセンサーが壊れているのか、自動ドアは閉まったままで決して開かなかった。 屋外へ出ようと、開かないドアに狂ったように体当たりを繰り返す淡路博隆に、氷のような女の声が背後から突き刺さった。 「クリスマス会へようこそ」 それから女は、博隆の母親に囁いた。「サプライズよ、淡路さん。私からのクリスマスプレゼント」 閉ざされた施設内に、甲高いひび割れた絶叫が上がった。その場で崩れ落ちた淡路博隆に、嬉嬉としている車椅子の老人達が群がり始めた。
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