お遊戯

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「楽しいじゃろ。ほら、お前さんも楽しみなさい」   杖を二本、両手で使って歩きながら近付いてきた老女が、百花を覗き込む。 老女の視線は定まっておらず虚空をさ迷っている。老女の弾むようなしわがれた声と、小ぎれいに着た服装が際立っていた。 「楽しまなきゃ損じゃよ。お嬢さん」 杖を振り上げた老女は、首輪をはめられ横になったままの百花の隣に、やにわに杖を振りおろした。 「いらんことはせんと。丁寧に扱わんと。せっかくカヨさんたちがとってきた獲物じゃけん」 杖をついたもう一人の老人が近寄ってくると、いきなり分厚い掌で百花の顔を、ぱちん、ぱちんと少し叩いた。 百花はなんとか正気を保とうとしながら記憶の糸を手繰り寄せた。 隆幸と渋谷で待ち合わせをしていたクリスマスイブー―。二人で映画を見て、食事をして、それからなにも問題がなければ一緒に一晩を過ごす予定だった。 ところが突如として現われた大柄な男に、みぞおちに一撃をくらわされ、隆幸ともども老人たちのたまり場になっている建物へと連れ去られてしまったのだった。 今は夜中。この老人たちには時間の感覚がないのだろうか。 そう思って百花は自分の誤りに気付いた。柱時計が一時十六分で止まったままずっと動かないのだ。 百花が繋がれた部屋は大きな広間になっていて、蛍光灯に赤々と照らされていた。 確認し得る限り窓の外は闇しか見えず、日の明かりが差し込むことのない夜ということだけが、時刻が分からないなか間違いなさそうだった。 その夜が囲む施設の部屋のなかで、この老人たちは百花を肴にして宴会でもするかのように、何やら動き、騒ぎ、喜んでいるのだ。
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