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「淡路さん、もっとよ、もっと」
ニコニコと唇の端を釣りあげながら、白い歯を覗かせたミズエさんが言いました。
「おや、もう泣き声をあげちょる。今回の獲物は芯が弱い。失格」ナシダの爺さんが野太い声をあげました。「顔にぶっつけられてるぐらいで、泣きべそかくな」
「淡路さん、そうよ、こうして投げるのよ」
ミズエさんは手にしたお手玉を二つ掴みあげると、やにわに手を振りました。
お手玉が軌道を描いてどんどん頭の上の籠の中に吸い込まれていきます。
「見事なもんじゃ」わたくしのよこでイネさんが言いました。「どんどん上手くなってゆく」
小一時間でございましょうか。わたくしどもはみなで、手にしたお手玉を思いっきり投げていたのでございます。
「ヒロタカにひとーつ」
「タカユキちゃんにふたーつ」
楽しいはずのお遊戯なのに、なぜヒロタカも、タカユキちゃんも、この世の終わりのような表情を浮かべてこちらを見ているのでございましょう。
身体の自由が利かないといっても、そんなに驚くこともないだろうに、楽しむという気持ちを知らないのでございます。
嗚呼、この十年間同じことの繰り返しだったわたくしに、タカユキちゃんの記憶を蘇らせ、活気を与えてくれたのはミズエさんで間違いございません。
十年間も押し込められた箱。その箱の中で、わたくしはなされるがままに泳がされ続けておりました。
クリスマス、箱の中の水を解き放って不要なものを排除し、わたくしどもに刺激を運んできてくださったのが、ミズエさんその人でした。
「淡路さん」
ミズエさんが言いました。
「あれ、あなたの息子さんとお孫さんなんでしょう」
わたくしは嬉しくなって何度も何度も頷きました。
「みなさんの的になって、あんなに楽しそうにしてるわ」
さすがに、そのミズエさんの言葉には頷けませんでした。
「まったく楽しそうじゃなか。だからもっと楽しんでもらわんといかん」
「そうね」
ミズエさんは口の端を広げて小さく笑いました。
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