4人が本棚に入れています
本棚に追加
/55ページ
「ここはちょっと狂っている。あんなのおばあちゃんじゃない。おばあちゃんはもっと認知が進んで、物事が理解できない状態だったんだ。隆幸、お前は手錠と首輪を外されたんだな。さぁ俺のも外すように言ってくれ」
だが博隆が耳にしたのは隆幸の信じられない言葉だった。
「みっともねぇよ、オヤジ」
「なに?」
「みっともねぇって言ってんだよ。いい歳してめそめそしてさ」
「隆幸、貴様、だれがお前を育てたと思ってるんだ。誰が大学まで行かせて」
博隆の腹に靴の感触がのめり込んだ。
「アンタじゃねぇよ。自分でだよ」
息子に掌で顔を打たれた博隆は、「うぐっ」と大きな声を上げた。
「俺も百花も極限状態なんだよ。アンタはこの状態で怒鳴ってるだけ。役にたたねぇし、少し黙ってろよ。イライラすんだよ」
隆幸の言葉は若い女にも衝撃的だったのか、若い女の顔が強張っている。
「隆幸…」
確かに博隆は仕事が全ての生活をしてきた。
「人間稼ぎが全て」を信条とし、一流企業の営業として博隆は得意先を駆け回り、社内でも仕事ができる人間として評価を確立していた。
仕事が楽しく、仕事が面白く、仕事が全てだった。
話の通じない子供と、結婚した時の感情はとうに冷めてしまった妻は、博隆にとって退職した時の保険でしかなかった。
博隆が朝帰りをすることも一度や二度ではなく、ここ最近ではそれを妻と息子は最早とやかく言わないような関係になっていた。
家庭ではなく、自らの自尊心のために働いて、稼いできた。
そう息子に見透かされていたのかも知れない。
最初のコメントを投稿しよう!