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仮にそうだとしても、この場で息子の態度は余りにも身勝手すぎる。
普通の日常生活であれば逆にこちらが殴り倒してしかるべきだ。
しかし、手錠と首輪がじゃまになって何もできない。
「隆幸、よくお前そんな口のきき方を」
「俺に文句があんだろ。分かるよ。でもオヤジ、俺に文句言うのもけっこうだけど、アンタ一人でここから逃げられんのかよ」
冷静に口にする息子を前にして、博隆は言葉を失った。
息子とは、もう中学生くらいの時から、ほとんど向き合って会話すらしたことのない状態だったのだ。
この場で大学生の息子と意思の疎通が図れないのも、今までの接し方の結果なのかも知れない。
だが、余りに理不尽すぎる。
こんな息子に育てた覚えはない。
ぐしゃぐしゃになった顔を、博隆は隆幸へと向けた。
「赤ちゃんみたいじゃなか」
老人の声が聞こえてきたが、博隆は心の制御装置を取り外していた。
思いっきり、隆幸の脛の部分へと齧りつく。
「おいオヤジ、何すんだよ、いかれてるぞ」
続けて激しく頭を振り始めた。
その時、赤い服の女と白い服の男が、何やら話しながら近付いてくるのが博隆の視線の中に入ってきた。
「いい感じだわ。手錠と首輪、外してあげて」
「ああ、みっともねぇ、情けねぇ。こんな風にはなりたくないね」
タクシーの運転手だった男が大声でぼやいている。
だが博隆は、息子の言動がどうしても許せなかった。
期せずして拘束を解かれた博隆は、立ちあがり、恥辱にまみれて隆幸に突進していく。
「そんな息子に育てた覚えはない」
だが、右手の拳はむなしく空回りし、宙を泳いだ。
よろめいた博隆に、「だらしねぇなオヤジ」と、隆幸のひざ蹴りが入ってきた。
博隆は腰から崩れ落ちた。
「くそっ」
穿いていた革靴を脱ぐと、博隆はそれで隆幸を叩こうとした。
だが力の差は歴然で、息子にしっかりと抑え込まれた。
「みっともねぇよ、オヤジ」
再びみぞおちに蹴りが入ったが、博隆は必死で爪を立てて反抗した。
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