裏切り

4/12
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/55ページ
仮にそうだとしても、この場で息子の態度は余りにも身勝手すぎる。 普通の日常生活であれば逆にこちらが殴り倒してしかるべきだ。 しかし、手錠と首輪がじゃまになって何もできない。 「隆幸、よくお前そんな口のきき方を」 「俺に文句があんだろ。分かるよ。でもオヤジ、俺に文句言うのもけっこうだけど、アンタ一人でここから逃げられんのかよ」 冷静に口にする息子を前にして、博隆は言葉を失った。 息子とは、もう中学生くらいの時から、ほとんど向き合って会話すらしたことのない状態だったのだ。 この場で大学生の息子と意思の疎通が図れないのも、今までの接し方の結果なのかも知れない。 だが、余りに理不尽すぎる。 こんな息子に育てた覚えはない。 ぐしゃぐしゃになった顔を、博隆は隆幸へと向けた。 「赤ちゃんみたいじゃなか」 老人の声が聞こえてきたが、博隆は心の制御装置を取り外していた。 思いっきり、隆幸の脛の部分へと齧りつく。 「おいオヤジ、何すんだよ、いかれてるぞ」 続けて激しく頭を振り始めた。 その時、赤い服の女と白い服の男が、何やら話しながら近付いてくるのが博隆の視線の中に入ってきた。 「いい感じだわ。手錠と首輪、外してあげて」 「ああ、みっともねぇ、情けねぇ。こんな風にはなりたくないね」 タクシーの運転手だった男が大声でぼやいている。 だが博隆は、息子の言動がどうしても許せなかった。 期せずして拘束を解かれた博隆は、立ちあがり、恥辱にまみれて隆幸に突進していく。 「そんな息子に育てた覚えはない」 だが、右手の拳はむなしく空回りし、宙を泳いだ。 よろめいた博隆に、「だらしねぇなオヤジ」と、隆幸のひざ蹴りが入ってきた。 博隆は腰から崩れ落ちた。 「くそっ」 穿いていた革靴を脱ぐと、博隆はそれで隆幸を叩こうとした。 だが力の差は歴然で、息子にしっかりと抑え込まれた。 「みっともねぇよ、オヤジ」 再びみぞおちに蹴りが入ったが、博隆は必死で爪を立てて反抗した。
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!