裏切り

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ただただ、一心不乱にモップで床をこすり、雑巾で壁を拭く。 一体自分は何を話そうとしていたのだろうか。 あらぬことを口走っていた気がする。 ただ、逃げたい、この場から脱出したい、その一心で口を開いたのに呂律が回らず、訳の分からない言葉を口にしてしまったかも知れない。 だがミズエや老人たちが見ている前で、もはや隆幸に、自分の言動を振り返る余裕はなくなっていた。 隆幸は、女の目が徐々に大きくなっていくような、薄気味悪い錯覚に陥っていた。 女の目を直視することができない 女の目は、まるで巨大な爬虫類に変化していくような目で、強烈な光を帯びていた。 一体あれはなんだ。 床をこすりながら、怯えた隆幸はその場にいる誰とも視線を合わそうとはしなかった。 とにかく掃除をするんだ。 この施設を、できる限りの力を使って、きれいに磨き上げる。 そうしなければあの女に、酒臭い男や老人たちに、何をされるか分からない。 モップと雑巾を手にした隆幸は、この世でやることはたった一つしかないかのように、遮二無二なって動いていた。 「おお、タカユキちゃん。頑張っとるなぁ。感心、感心」 夜の渋谷で目にした時とは、別人のようになっている祖母の声が耳に入る。 続けて、まるで何かに変心し、幻惑するような女の笑い声がした。 「ふっふっふっ。ふふふふふ」 怪しげな笑い声に背筋が寒くなりながら、隆幸はもうなにも見ようとはしなかった。 この施設をきれいに磨き上げる。 それしか今の自分にできることはない。 それ以外になにもできない。 「何やってるの、タカちゃん。大丈夫なの。」 必死で近付いてきた百花が、強く隆幸の腕を握った。 「百花、掃除に専念させてくれ。俺はこの施設をきれいに磨き上げないといけないんだ」
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