逆転

5/6
前へ
/55ページ
次へ
「正気かどうかはワシらが決めるんじゃ。ミズエさんは正気じゃ。ワシらをこれだけ楽しませてくれるんじゃからな。それだけでワシらは若返ったような気分なんじゃ。それまでは長い時間、寝ているのか起きているのかわからない生活をしたまま、外にも満足に出れへんかったしな」 「いなくなったってどこへ行ったの。わたし達もどこかへ連れて行こうとするわけ」 「おまえさんは見かけによらず聞き分けがよい。今日連れてこられたあの二人の親子とは違ってな。あの二人はだらしがなかった。おまえさんはあの二人とちがい、言う通りにしてれば助かるかも知れんぞ」 いつのまにか老女の後ろに、杖をついた男性の老人が立っていた。 「トメさん、なにをべらべらと話しているんだ」 「ああ、じいさんもう行くよ」 そういうとトメと言われた老女は百花の方へ振り返った。 「素直になるんじゃな」 「待ってよ。今まで働いていた人たちはどこへ行ってしまったの。繋がれてた人たちはどうされてしまったの」 「あいつらは食べた」 百花はその言葉に耳を疑ったが、トメはもう一度同じことを繰り返して伝えた。 「食べたよ」 「おう、そうじゃったな」 男性の老人が応じる。 「食べた、食べた」 「みんなで食べた。それだけじゃよ、お嬢さん。何も変なことはしとらんよ」 凍りついている百花をあざ笑うかのように、コップを持った老女はまたよたよたと広間の方に行ってしまい、杖をついた老人もトメの後に続こうとした。 百花は老人の袖を掴んで強く引っ張った。 「待って。何を言ってるの。正気なの」 「お嬢さん」 がっしりとした岩のような老人の体躯だった。 百花が掴んでも少しも動じるそぶりがない。 「知ってもいいことと、知らない方がいいことがあるんだよ。知らん方がいいだろ」 そう言うとハッハッハッと大声で笑い、百花の手を振り払って、隆幸が掃除に励んでいる広間の方へと行ってしまった。
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加