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「正気かどうかはワシらが決めるんじゃ。ミズエさんは正気じゃ。ワシらをこれだけ楽しませてくれるんじゃからな。それだけでワシらは若返ったような気分なんじゃ。それまでは長い時間、寝ているのか起きているのかわからない生活をしたまま、外にも満足に出れへんかったしな」
「いなくなったってどこへ行ったの。わたし達もどこかへ連れて行こうとするわけ」
「おまえさんは見かけによらず聞き分けがよい。今日連れてこられたあの二人の親子とは違ってな。あの二人はだらしがなかった。おまえさんはあの二人とちがい、言う通りにしてれば助かるかも知れんぞ」
いつのまにか老女の後ろに、杖をついた男性の老人が立っていた。
「トメさん、なにをべらべらと話しているんだ」
「ああ、じいさんもう行くよ」
そういうとトメと言われた老女は百花の方へ振り返った。
「素直になるんじゃな」
「待ってよ。今まで働いていた人たちはどこへ行ってしまったの。繋がれてた人たちはどうされてしまったの」
「あいつらは食べた」
百花はその言葉に耳を疑ったが、トメはもう一度同じことを繰り返して伝えた。
「食べたよ」
「おう、そうじゃったな」
男性の老人が応じる。
「食べた、食べた」
「みんなで食べた。それだけじゃよ、お嬢さん。何も変なことはしとらんよ」
凍りついている百花をあざ笑うかのように、コップを持った老女はまたよたよたと広間の方に行ってしまい、杖をついた老人もトメの後に続こうとした。
百花は老人の袖を掴んで強く引っ張った。
「待って。何を言ってるの。正気なの」
「お嬢さん」
がっしりとした岩のような老人の体躯だった。
百花が掴んでも少しも動じるそぶりがない。
「知ってもいいことと、知らない方がいいことがあるんだよ。知らん方がいいだろ」
そう言うとハッハッハッと大声で笑い、百花の手を振り払って、隆幸が掃除に励んでいる広間の方へと行ってしまった。
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