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ピタリと動きが止まった自分の手が目に映る。
「えっ」と驚いた風間さんの声にハッとして、ベストをハンガーに掛け直し急いでその場を離れた。
少し歩いて振り返ると、二人は話しながら、通路を事務所の方へ向かっていた。
初めて聞いた課長の口からの凪子さんの名前。
『凪子のことで』
…ああ、やっぱり本当だったんだ。
今更だけどそう思った。
メグちゃんや風間さんの話を聞いて、分かっていたつもりでいたけれど、
本当は事実だと認めたくなかったのかもしれない。
だけど
たった一言で、ストンと事実として納まった気がした。
だから、ここで止まる。
…先へは行かない。
「田上。」
北島が近付いて来たのに気付かなくて、急に名前を呼ばれてビクッとした。
慌てて顔を上げて見ると、北島の方が驚いた顔になっている。
「…どした?」
「え?何が?」
「情けない、っていうか…泣きそうな顔、してる、お前。」
「…ああ、」
そうなんだ。
「大丈夫。泣かないし。」
ここは仕事場だから。
しゃんと背筋を伸ばす。
ね、凪子さん。
「そっか。頑張れよ…ってのは変か。」
「ううん、頑張るよ。ありがとう、北島。」
私が笑ったら、北島も照れたように笑った。
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